Smile(中編)
「うちの子に何をするつもりだ!?」 そこには、ライフル銃を構えたまま、仁王立ちにこちらを睨む男の姿があった。無論、銃の照準は未だ悟浄に合わされたままだ。 「何だよいきなり。問答無用で撃つ事無いんじゃナイの?本気で狙ったろ、今」 パンパンと服についた土を払いながら、悟浄は相手を刺激しないよう、ゆっくりと立ち上がった。恐らくは、この屋敷の主人。少年の父親だ。この街の貧しい人々から吸いとった金で、でっぷりと太った体を揺らしながら、男は悟浄の頭に狙いを定め、引き金に手をかけている。 「止めてよ父さん!お兄ちゃんは僕を助けてくれたんだよ!」 少年が、父親にしがみつく様にして止めに入るが、男は銃を下ろそうとはしなかった。子供に「下がってろ」と短く命じると、悟浄に険しい顔を向ける。 「何が目的だ?金か?それとも子供の命か?」 完全に悟浄を不審者扱いだ。まあ、無理もねーか、と悟浄は苦笑した。 「息子に手出しはさせん!出て行け!」
ああ、そっか――。
金貸しという商売をやっている以上、当然人から恨まれることも、実際に攻撃を受ける事もあるだろう。必要以上の警戒は、てっきり商売上のトラブルからくる諸問題の自衛手段だと思っていたのだが、どうもそうではないようだ。 悟浄はさっき通った庭の隅の祠に、仏像が祀られていた事を思い出した。どうやら、仏教への信心は深いらしい。おまけにこれだけの屋敷を持つほどの商売人だ。この街でも有力者のうちに数えられるに違いない。 「呪いねぇ‥‥」 どういう話を聞いたのやら。悟浄は思わず笑ってしまった。 「何がおかしい!」 「いい加減にしろよ、あんた。くだらねー言い掛かりで軽はずみに撃ってんじゃねーよ」 ズイ、と男に一歩近付く。軽く脅して、そのまま去るつもりだったが、果たして男は、銃を放り出し、ひぃぃと地面に座り込んだ。「助けてくれ、助けてくれ」と繰り返しながらガタガタ震えている。まだ何もしてないというのに。 「おいおい、ちょっと」 父親を庇うようにして、少年が悟浄の前に立ちふさがった。 「お兄ちゃん‥‥‥お兄ちゃんは、悪い人なの?」 困ったように、悟浄は笑った。
翌日、出発の準備を整えていた三蔵たちの元に、来訪者があった。子供連れの太った男は、この街で金融業を営んでいる、と告げた。 「昨日は、うちの息子がお世話になりまして」 その台詞で、三蔵たちは昨日悟浄が送っていった子供とその父親が挨拶にきたのだと合点した。男は、落ち着かない様子で、キョロキョロと辺りを見回している。 「あの、昨日息子を送って頂いた方は‥‥‥。何か私の事を仰っていましたでしょうか?」 悟浄は、昨日の買出しでワザとの様に買い忘れられていた自分の煙草を調達しに出かけていた。 「いえ、その。三蔵法師様のお連れとは存じ上げず、多少失礼な事を申し上げましたので――あの、本当に何もお聞きになっていないので?」 「あの、一体何を――」 「実は三蔵様にお願いがございまして、本日はお邪魔させて頂きました」 男の中では、悟浄への謝罪はこれから始まる話の前フリだったらしい。ここからが肝心、と目をギラつかせている。 「是非、この街にしばらくご滞在いただいて、説法などお聞かせ頂けませんでしょうか?こちらに三蔵様がお立ち寄りになられたのも、全ては仏のお導き。実は私、この街の寺院にはかなり顔は利きますので、話はちゃんと通させていただきます。ぜひ、拙宅へ逗留いただきまして、広く街の民にお教えを――」 ぺらぺらと、よく喋る口だ。三蔵は内心イラつきを覚えていた。今までも街ごとに散々受けてきた誘い。だが、寺院関係者でもない人物から話があるのは稀だった。余程、自分の権力に自信がある男なのだろう、と推察できる。 あー、ムカつくな。 適当にあしらって、追い払うかと三蔵が考えたとき、今まで父親の影に隠れるようにして立っていた少年が、父親の袖をひいた。 「ねえ、父さん。あの疫病神のお兄ちゃん、いないんでしょ?もう帰ろ?」 焦る男の姿に三蔵は察した。昨日この男が悟浄にどんな「失礼な事」を言ったのか。 昨日、子供を送って帰ってきた悟浄の様子を思い出してみる。別に、変わった様子は無かったはずだ。何度考えても、いつもと変わらない悟浄しか思い浮かばない。 きっと、昨日も困ったように笑っていたのだろう。
三蔵は拳を握り締めた。 「話は分かった。あんたが謝罪にきた事は、悟浄に伝えておこう」 八戒がぴしゃりと男の言葉を遮った。いつもの微笑さえ浮かべていない。怜悧な美貌に気圧されて、男は言葉を失った。 その時だった。 「なあ、お前さ、悟浄のことどう思う?」 「ごじょう?紅い髪のお兄ちゃんのこと?」 少年は、ちら、と父親の顔を窺うように見上げたが、悟空の笑顔に緊張がほぐれたのか、すぐに意を決したようにきっぱりと告げた。 「僕は、お兄ちゃん大好き!だって、助けてくれたし、アイス買ってくれたし、僕が父さんと母さんが好きだって言ったら、頭よしよしってしてくれたもん!」 嬉しそうに、悟空は笑った。
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「不当な扱い話」だったはずなのに、結構短い不当な部分。
次は、いよいよ三浄モードに……///