Smile
Smile(前編)
それは、夕暮れの街での出来事だった。 「なぁーに、やってんの?お前ら?」 薄暗い路地裏。不意に悟浄の声が響くと、その場にいた全員が動きを止めた。 「一人を相手に大勢で寄ってたかって、てのは感心しないぜ?」 悟浄の言葉に、周りを取り囲んでいた子供たちは互いに顔を見合すと、誰が合図をしたのか一斉に逃げ去った。 「‥‥何なんだ、ありゃ」 「大丈夫か?ぼーず」
三蔵一行は、ようやく辿り着いたこの街で、宿屋を物色しながら歩いていた。 「悟浄?」 路地裏に向かって、八戒が呼びかける。悟浄が振り向いて返事をした。 「あー悪ィ、先、入ってて!俺、このガキ送ってくっからよ」
てくてくと歩きながら、少年はアイスを頬張っている。年を尋ねると、6歳だと答えた。 まるで、遠い昔の誰かのように。
「よく、泣かなかったよな」 悟浄は、胸の奥に生まれた小さな疼きを無視して、少年に話し掛けた。 「泣いたら負けなんだって、父さんが言ってた。言いたい奴には言わせておけって」 少年の言葉に、胸の疼きが強くなる。あの頃の自分と、同じ。「泣いたら負けだ」と何度も繰り返し自分に言い聞かせた。 だが、この少年はせめて。 「そ、っか。父さんは知ってるんだな?」 悟浄の心に生まれていた小さな綻びが消えていく。良かった。少なくともこの子は、両親に愛されている。母親に、抱きしめて貰っている。本当に、良かった。 「ぼーずは、父さんと母さんのこと、好きか?」 悟浄は本当に嬉しそうな笑顔で、少年の頭を撫でた。
少年の家は、街の中心からそんなに離れていないところに、建っていた。 「なー、お前の親父さん、何やってんの?」 「‥‥お金、貸してるの」 金貸し、か。悟浄は納得した。 「こっちだよ」
「待ってよ、お兄ちゃん!」 上着の裾を引かれ振り向けば、今にも泣き出しそうに歪んだ顔。 「もう少し、遊んでってよ?」 しまった、と悟浄は自分の迂闊さを呪った。大きな目で自分を見上げる少年に、どうしても自分の姿を重ねてしまう。いつも一人で過ごしていた毎日。 「わーった。じゃ、ちょっとだけな」 途端に笑顔がぱっとはじける。こりゃあ、ちょっとで済みそうにねーな。悟浄は一人ごちたが、自分が優しい笑顔を浮かべている事には気付かなかった。
「お兄ちゃんだけに教えてあげる。ここが僕の秘密基地!内緒だよ」 そこは、裏庭にある物置と屋敷の僅かな隙間。自分にはとても入れそうに無い小さな空間。そこにお菓子やら玩具やらを持ち込んでは、時間を潰しているらしい。 たった、一人で。 (そーいや、俺にもあったっけ、一人で過ごす場所‥‥) 母さんに殴られて、近所のガキに石を投げられて。兄貴がいれば無理にでも平気な顔をしてみせたが、一人のときには決まって過ごす場所があった。家の裏山にあった、岩と岩との隙間。 「これ、綺麗でしょ。前に父さんに連れて行って貰った海で拾った貝殻なんだよ。それでね、これがね‥‥」 次々と自分の宝物を披露していく少年に相槌をうってやりながら、悟浄は首筋に電気のような物が走るのを感じた。 本能が警鐘を鳴らす。 咄嗟に悟浄が伏せるのと同時に、一発の銃声が響き渡った。
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本来ならマナミ様にリクをお伺いするところを、
「悟浄さんが不当な扱いを受ける話でいいですか?」と無理やり押し付けたものです。
意気込みだけはあったんですけど(苦笑)
マナミ様に謹んで進呈させていただきました。