お見合いに行こう!(Vol.7)
「で、何?」 病院の裏手の、人気のない場所まで移動して、悟浄はようやく三蔵を振り返った。 「調べたんだろ、俺のこと。それで何?同情でも、しに来て下さったわけ?」 冷えた悟浄の視線。言葉。態度。 本当に、どうして気付いてやれなかったのか。 どこからか、無邪気に走り回る子供の楽しそうな笑い声と、それを嗜める看護婦らしい人物の声が聞こえてくる。二人の間を、風で運ばれてきた紙くずが転がっていった。 「慈悲深―い三蔵様は、憐れみの心で俺を救って下さるとか?残念だけど、こちとらそんなヤワじゃねーよ。もう、気付いてるよな?俺、たった今オトコに抱かれてきたの」 「悟浄」 「自分から腰振ってさ、アンアン喘いできてやったぜ?それだけじゃねぇよ、俺ホストやってるし?ちょっとチップ弾んで貰えば、誰とだって寝るぜ?もういいだろ!?俺はそういう奴なんだよ!!これで分かっただろ!もうこれ以上俺に‥‥‥!!」 「悟浄!」 不意に温かいものに包まれて、悟浄は体を強張らせた。やや遅れて、三蔵に抱きしめられていると気付く。 「いつも、辛いことばかり言わせちまうな‥‥」 ――――見透かされてる! 顔に熱が上るのは、羞恥のためか――それとも、無意識の願望が満たされた喜びのためか。 「病院を移れ」 再び流し込まれる低音。他人の声が自分の体に浸透していく感覚を、悟浄は初めて味わった。 「療養所なら、俺が手配する。当面の費用のことも考えなくていい。とにかく、ここから離れろ」 「な‥んだよ、ソレ‥‥お前、また‥‥」 三蔵の口調は紛れもない本気を滲ませていて。 「俺はお前に会いたかった。会いたかったから、お前をいつも呼び出した。お前は、何故それに応じた?昼のバイトを調整してまで―――夜の仕事に就いてまで」 本当は、もう知っている。 「だから、それはお前の金を――」 どこまでも往生際の悪い悟浄に、三蔵の声に不機嫌なものが混ざり始める。とても告白を促すムードとはいえないが、それがあまりにもらしくて、却って悟浄の呪縛を解いた。 「お前こそいい加減、目ぇ覚ませよ!俺とお前じゃ住む世界が違いすぎる!」 「それじゃ答えになってねぇ。俺が聞いてるのはてめぇのココだ」 真っ直ぐな、どこまでも真っ直ぐな三蔵の瞳が悟浄を射抜く。 悟浄は、短く息をついた。 「三蔵‥‥俺は、お前に惹かれてる」
「‥‥けど、一緒にはいられない」 悟浄から発せられた言葉に、三蔵は眉間に皺を寄せる。三蔵のいつもの不機嫌な顔だ。 「お前、分かってねぇよ。さっき俺が言ったこと――俺とお前は、住む世界が違うって」 「ダチに聞いたぜ?お前‥‥春に大学卒業したら、会社の経営陣のメンバーになるんだろ。まあ、ちょっとは修行するのかもしれないけど」 反論を口にしようとした三蔵は、そのまま言葉を飲み込んだ。悟浄の顔が、今までに無く真剣で、それでいて自分の知らない大人びた雰囲気を纏ったような気がしたからだ。 「お前、さっき自分が金を出すって言ってたけどさ――それ、お前の金か?違うだろ?会社の金だよな?お前は何だかんだ言ったって、まだ学生だしよ」 キツイことを言っているという自覚はある。だが、告げなければならない。このキレイな人を、これ以上自分に関わらせてはならない。今なら、まだ間に合う。 「いくらある程度自由になる金があるっつっても、入れ込んだオトコに使いました、じゃマズいだろぉが?」 「若き跡取りが男と懇ろになってますってバレたら、ゴシップ誌のいいネタだ。会社の信用も落ちるし、取引にも影響する。いくらお前が有能だからって、今問題を起こせば誰も庇っちゃくれねぇぜ?経営ってのはシビアなもんだろ。問題ある跡取りをわざわざトップに据えたいって思う奴はいねーよ。ましてお前んとこぐらい大きな会社なら、色々ある筈だろーがよ‥‥?ライバル会社は勿論、派閥とか出世争いとかさ。そんな連中が虎視眈々とお前のスキャンダルを待っている――違うか?」 悟浄は一度言葉を切ると、煙草を銜えた。 「何千人か何万人か知らねーけど、変なトラブル起こして社員全員路頭に迷わせる気か?お前には責任があるんだよ。それは、お前が会社の跡取りだって決まった時から既に背負ってるものなんだ。それともお前、俺のために会社捨てられる?」 三蔵は、咄嗟に返事が出来なかった。経営者という立場に執着するつもりはない。だが、自分が会社を継ぐ事は、自分にとっては大事な恩人が決めた事だった。既に故人ではあったが、その人を裏切ることは出来ない。 「お前は、もっと大人になるべきだ」 最後は少しおどけて、ことさら明るく悟浄は言葉を切り―――あ、そうだ、と思い出したように続けた。 「もひとつ、選択肢があるんだけど。お友達なら、付き合ってもイイんじゃない?たまに飲んだりするだけの、フツーの友達。なら問題無いと思うよ?それでもイイ?」 三蔵は、静かに頭を振った。 さんきゅ。悟浄が小さく呟いた。
三蔵には、反論する術が何一つなかった。 「噛むなよ‥‥傷になる」 躊躇いがちに三蔵の頬に手を添えて、悟浄はそっと三蔵に口付けた。触れるだけのその口付けが、泣きたいほどに胸を締め付ける。 「さんきゅ、な。三蔵」 もう一度そう言うと、悟浄は笑った。やはり何処かしら無理を感じるその笑顔を見たくはなくて、三蔵は僅かに目を伏せる。
「‥‥さよなら」 音をなくした世界の中で、囁くような悟浄の声だけが、三蔵の鼓膜を震わせた。
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