お見合いに行こう!(Vol.6)
ほんの数時間前、三蔵は会社の一室で会長である叔母と対峙していた。 「俺が、奴の負担になってただと‥‥?」 目の前の叔母を思わずねめつける。 高ぶった神経が急速に冷えていくのを三蔵は感じた。 それは、悟浄が嫌々呼び出しに応じていたという意味だろうか。金が目的で自分に会っていたのではないと、たった今確信したばかりだというのに。 叔母の断定的な口調にその確信がぐらつくのが情けない。 「T町の、吠登総合病院――そこに、奴の母親が入院してる。母親といっても、義母だがな。奴は妾腹なんだよ。知ってたか?」 いきなり話題を変えられ、一瞬三蔵は戸惑った。が、すぐに頭を振る。互いの家族のことなど、話題に上ることすらなかった。 叔母は訥々と悟浄に関しての調査結果を語り始める。 生まれてまもなく父方の家庭に引き取られたこと。 悟浄には兄がいたこと。 告げられる事実に、三蔵は言葉もなく立ち尽くす。 「弟が殺されかけている現場を目撃した兄貴は、その間に割って入り――結局は母親を刺し、階段から突き落とした。弟を庇ったって訳だ。‥‥‥そしてそのまま姿を消した」 「正当防衛か過剰防衛か‥‥。罪に問われるかどうかという問題でもないのかもしれんが、母親を手にかけた、という衝撃は小さくはないさ。警察が行方を捜したが、足取りは未だ掴めずじまいだ。外国に逃亡したとの噂もある」 「まだガキの‥‥悟浄を置いてか?」 「まあ、兄貴としては、これで弟も母親から解放されて生きていける、という目論見があったんだろ。子供一人、行政側も放って置く訳にはいかんからな。事実、奴は施設に入れられ、そこで育った。だが、兄貴には誤算があったな」 「母親が、死ななかったことだ」 「‥‥母親は、生きていた。しかも、植物状態に陥ってな。そのまま、今も生き続けている。その生命を維持するのに、どれだけの費用がかかると思う?奴の母親は食事も、排泄も自力では出来ん。寝返りをうつ事すらな。当然、完全看護だ。人件費だけでも相当なモンだ」 ――それで、金か。 自分を殺そうとした母親の命のために、朝から、それこそ夜中まで必死に働く悟浄。疲れ果て、痩せた後姿が脳裏に浮かび、三蔵の胸を締め付けた。
いつも悟浄は笑っていた。
「本当は、お前に付き合う暇なんか無ぇんだよ、奴は。なのに昼のバイトを辞めて時間を空けた。その分、わざわざ夜中の仕事で埋め合わせてな。大変だったと思うぜ?」 ―――確かに、悟浄は自分と出会ってから、いつも何処かしら疲労の色を滲ませていた。 ―――他ならぬ、俺が。 「相手を犠牲にしなきゃ成り立たん恋愛なんざ‥‥‥やめちまえ」 三蔵の心に深く打ち込まれる、言葉の楔。 三蔵は黙ってドアノブに手をかけた。 「行くのか?」 「‥‥このまま終わらせるわけにはいかねぇよ」 「‥‥なら、もうひとつだけ聞いていけ」 どこか憂いを含む叔母の声に、三蔵は振り返った。
そして今。三蔵は病室で悟浄と向き合っている。 一週間振りに目にする悟浄の姿。また、少しやつれたかもしれない。 その表情を見て三蔵は確信した。やはり、悟浄は自分から関係を断ち切ったのだと。 ――――残念だったな。俺は諦めが悪いんだよ。 「『なんで』か聞きたいか?」 「だが、それを聞きたいのは俺の方だ。何故、嘘をつい‥‥」
不自然に、言葉が途切れた。 それきり押し黙った三蔵を、悟浄は不審気に見つめる。と、悟浄は三蔵が自分の喉下を凝視しているのに気が付いた。 「あ‥」 そこにあるものは、恐らく。 残されたのだ、所有の証を。わざと他人から見える位置に。 ――――三蔵に知られてしまった。この薄汚れた俺を。 震え出しそうになる自分を叱責する。 だがどうしても、男の残した痕跡を隠す手を外すことが出来ない。 この期に及んで、まだ三蔵に良く思われたいと足掻く無様な自分。 醜態を晒しているという羞恥が、悟浄の体を硬直させていた。 「誰、に‥‥」 だがそれは、悟浄に『自分は何をすべきか』を思い出させるのに、十分な大きさだった。
思わず、三蔵は口に出していた。 「誰、に‥‥」 『もうひとつだけ聞いていけ』 叔母の顔が何処かしら哀しげに見えたのは、気のせいだろうか。
『最近の病院は、システムとしてあまり患者が長く入院する事を歓迎しない。それが、治る見込みのない患者なら尚更だ。10年近くの長期入院、しかも付き添いも要求してないってのは、その事情を考慮されてもかなりの特例だ。便宜を図られていると考えていいだろうな。何らかの見返りをもって』 『ニィという医師がいる‥‥奴の母親の担当で、院内でも相当の力のある医師だ。――――後は、自分の目で確かめて見るんだな』
―――医者か! ようやく理解した。 咄嗟に病室を飛び出そうとする三蔵を、悟浄は体をぶつけるようにして引き止めた。 「ちょっと待てよ三蔵!何するつもりだ!?」 「いいんだ!俺が誘ったんだから!」 「‥‥‥俺が、誘ったんだ」 言い聞かせるように、もう一度悟浄は呟いた。その視線は、もう三蔵から逸らせてはいない。 「出ようぜ‥‥こんな所でする話じゃねぇよ」 ちょっと出てくるからね、母さん。 三蔵は、僅かに遅れて後に続いた。
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