お見合いに行こう!(Vol.5)

「桃源医院の王に捕まったって?」

机に両手をついた格好の悟浄の肌を、背後から伸ばされた手が這いまわる。中途半端に乱された服が体の節々に引っかかった状態のまま、悟浄は男のなすがままになっていた。
対してニィという医師は、ネクタイがだらしなく弛んでいる他は、全く着衣が乱れていない。

「あのジイさんも好きモノだからなぁ。例の病気とは関係ないって分かってるくせに、キミを調べるんだって張り切ってたんだよ。‥‥ねぇ、どんな検査されたの?ココ、調べられた?」

なんの慣らしもなく、男の指が埋められる。
悟浄はその痛みに、唇をかみ締め必死に耐えた。男の指は容赦なく悟浄の中をかき回し、知り尽くしたポイントを刺激する。痛みの中にも背筋を這い上がる、電流にも似た快楽の兆しに、悟浄の声に苦痛だけがもたらすものではない喘ぎが混じった。

「そんな‥‥変態‥、アンタだけ、だ‥‥」
「生意気な口だなぁ」

悟浄の頭を乱暴に引き寄せ唇を塞ごうとした途端、悟浄はふい、と顔をそらした。

「キスなんか‥しなくったって、ヤれるだろ‥‥が?」
瞬間脳裏に浮かんだのは、光のイメージ。それが何であるかは、悟浄にも良く分からない。
だが、キスはしたくない。何故だかそう思った。
男の目が剣呑に光る。

「‥‥ふーん‥‥。誰かに操立て?」
「?なに、言って‥‥あうっ!!」

十分ほぐれてもいないソコにいきなり男のモノを突き立てられ、悟浄は崩れ落ちそうになる体を必死で支えた。無意識に逃げを打つが、腰をがっしりと抱えられていて逃げられない。そうしている間にも男は無理やり体を進めてくる。
めりめりという音が聞こえんばかりの、痛みを伴うその行為。

「あ!や、やめ‥‥つっ」

その懇願は聞き入れられる筈もない。無理やり開かされたその部分から、ぬるりとした感触のものが流れ出し、辺りに鉄の匂いが広がった。だが、男はそんなことは気にも留めず押し進み、ついに完全に悟浄の中に自身を収めきる。

「許さないよ」

ぐい、と髪を引かれ顔を上げさせられた。その僅かな振動が結合部分に伝わり、悟浄の体に激痛が走る。机に両手をついたまま、それをやり過ごそうと肩で大きく呼吸する。と、いきなり自身をきつく握られ思わず反り返った。浮き出た肩甲骨を男が下から舐め上げる。握りこまれていたモノを突然激しく扱かれ、悟浄の足がガクガクと震え出す。

男はゆっくりと律動を開始した。
悟浄の血か、それとも男のモノから滲み出た液体のせいか。ぬちゃぬちゃと響く淫猥な水音。前への激しい刺激と、後ろへの緩やかな刺激。与えられる相反した快楽は、相乗効果をもって全身を粟立たせる。自分の体を知り尽くした男の責めに、悟浄は成す術もなく陥落した。口から漏れるのは快楽に濡れる喘ぎだけだ。

「キミは、ボクの玩具なんだよ。他の誰にも渡さない。分かってるね?キミのお母さんの命は、ボクが握ってる‥‥キミは、ボクからは逃げられない。‥‥逃げたくもないか、こんなに喜んでるモンね、キミのココ」

動きながら医師は結合部に指を這わせると、それを悟浄の目の前にかざす。悟浄のソコから流れ出た液体で真っ赤に染まった、医師の指。

それは、母がいつも疎んでいた紅い色。

悟浄は思わず目を瞑り正視を避ける。だが、今悟浄の体を好きにしている男は、それを許さなかった。

「駄目だよ、しっかり目を開けてちゃんと見なきゃ。‥‥うーん、この体勢だとキミの目が良く見えないなあ‥‥よっ、と」
「あ、あああっ!」

繋がったままの状態で、医師は悟浄を机に腹ばいにさせると、悟浄の右足を掴んで大きく上に持ち上げた。つられて体が捩れる。

「うん、絶景♪」

不安定な体勢。捻じ込まれる感覚。
男の目前に全てを晒しているという羞恥と、内壁を抉られるような刺激を与えられ、痛みとも快楽ともつかない衝撃が悟浄を追い上げる。
縋るものを求めてさ迷う手が積まれた書類をなぎ倒し、患者のカルテがバサバサと宙を舞った。

「あーあ、後で片付けてよ」

未だ余裕を滲ませる男はそのまま自分の頭を悟浄の足に潜らせる様に、大きく足を割り開かせたまま悟浄の体を裏返す。勿論未だ繋がったままだ。

「‥‥!っあ‥‥!」

その衝撃に耐え切れず、悟浄は途中で達した。急激な締め付けをやり過ごした後、僅かに弛んだ隙を逃さず男は完全に悟浄を仰向けにさせ、手にしたままだった右足を自分の肩にかけた。流石にキツかったのか、男も大きく息をつく。
悟浄は浅い呼吸を繰り返しながら、全身をわななかせていた。

「ちょっと‥‥キツかったかな‥‥でも、ヨかったでしょ?」
「‥‥正常、位‥じゃねぇと、燃えねぇ‥のかよ?そんなん、じゃ‥‥モテねー、ぜ‥‥?」

医師の口元がサディスティックな笑みに歪む。
「‥‥やっぱり、生意気だ」
悟浄に覆いかぶさると、顔を間際にまで近づける。再び変わる角度に、達したばかりで敏感になっている悟浄は仰け反った。

男が見ているのは、悟浄の瞳。

紅い目を見ながらヤると『妙に興奮する』のだと、以前言われた。以来、悟浄がいつも嵌めている黒のコンタクトは、この医師との行為の時にはいつも外させられている。

「‥‥ああ、イイね‥‥キミの瞳の色‥‥ほうら、おんなじだろ?」
医師は自分の指についた血を、悟浄の顔に擦り付けた。

「やっぱり似合うねぇ。キミのための色だよ、真っ赤な――罪の色」

嫌な笑いを浮かべながら男は自分の舌でそれを舐めとると、そのまま悟浄の口を塞いだ。
たっぷりと舌に乗せた血液を、悟浄の口内にこすりつける。唇を吸い、舌を絡め、上顎を舐め、歯列をなぞる。

それこそ、自分が触れていない部分はないように。
血に染まっていない部分がないように。

いつもなら絶対に行わないほどの長い時間をかけて、医師は悟浄の口内を蹂躙し続けた。
ぺちゃ、と殊更大きな音を立て、ようやく唇が解放された時には、悟浄はもう僅かな憎まれ口を叩くことすらできなくなっていた。

全身から力が抜ける。この喪失感は何なのだろうか。

「あーあ、残念でした。消えちゃったね、誰かさんの思い出」

その言葉で、悟浄の中で何かが弾ける。
そうだ、俺は―――。
三蔵が触れた、唯一の場所。
キスの前に無意識に唇を庇った自分に気付き、悟浄は思わず口元を歪めた。

嘲笑わずにはいられなかった。

 

 

これ以上ないというくらいに足を開いて、男のモノを銜え込んで。
男の精液の混ざった血で顔を染めて。
幼い頃から男に飼い慣らされてきたこの体は、突き上げられれば生理的に快楽を追う。男の望むままの反応を見せ、自ら奥へと誘い込む。

例え心が何処にあろうと関係なく。
恐らく相手が誰だろうと関係なく。
 

どうしようもなく、淫らな体。
 

 

俺はこんなにも汚れてるんだぜ。―――知らねぇだろ?三蔵――。
 

 

 

  

夢を見た。

もしかしたら、あの輝きの側にいられるかもしれないと。
友達としてなら、許されるんじゃないかと。
そんな資格、俺には無いのに。どこにもありはしなかったのに。
こんな俺が。
こんな俺が。
こんな俺が。
 

 

初めての感情を抱いた相手の顔を、悟浄は必死で脳裏に浮かべようとした。
だが何度繰り返しても、それは漠然とした姿のまま、はっきりとした像を結ぶ前に、霧散する。

「何、考えてるの。駄目だよ、よそ見しちゃ‥‥酷くしちゃうよ?」
「うあ!‥‥あっ‥!あっ‥!」 

突然開始される激しい突き上げ。ギシギシと机が軋む。
先程までとはうって変わった激しい動きに、悟浄は考える事を放棄し目の前の男に縋る。

これでいい。
今まで、ずっとこうやって生きてきたんだから。
 

ガクガクと揺すぶられ、目の前に火花が散る。
もう、三蔵のおぼろげな姿さえ、悟浄の頭には浮かんでこなかった。
 

「く‥‥そんなに締め付けて‥‥淫乱だねぇ」
快楽のためではない涙が一筋、目尻から零れ落ちた。
 

 

今、夢は完全に、終わった。
 

 

 

 

 

 

ふらつく体を必死で起こし、サングラスをかけると、おぼつかない足取りで悟浄は医師の部屋を後にした。
何度も何度も男の精を飲み込まされた箇所がズキズキと痛む。
他の男の影を敏感に察したからか、ニィ医師の責めはいつもより執拗で、乱暴だった。
 

重い体を引きずって、何とか義母の病室まで戻る。だがドアを開けた瞬間、悟浄は息を呑んだ。
 

「‥なん‥‥で?」
 

目の前で、つい今しがた頭から追い出したばかりの人物が、静かに義母を見下ろしていた。

会いたくて。会いたくて。

だが今、一番会いたくなかった人。
 

 

「『なんで』か‥‥。いつもそう聞くんだな、お前は」 

三蔵が、ゆっくりと振り向いた。
 

 

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