幽谷洞奇談(7)
洞窟で過ごすようになってから丸四日。 本人曰く『もう全然OKよ』らしいが(それを鵜呑みにする者は誰もいないのだが)、まだ血が足りていないのか、少々顔色は悪い。だが、数日前に比べれば雲泥の差だ。 八戒も悟空も、安堵の表情を浮かべていた。 「本当に回復が早いですねぇ」 明日には出発できそーよ、と悟浄は本当に嬉しそうに、そして少しだけ申し訳なさそうに、笑った。
「それじゃあ、ちょっと道を確認してきますね。ルートを外れてしまいましたから」 「待って八戒!俺も俺も!」 「猿!また妙な物拾ってくんじゃねぇぞ!」 悟空は探検と称しては、退屈しのぎに洞窟の周りを走り回っていた。 「本当に分かってんのか、アイツは」
悟浄が。 自分に。 触れている。
「お前‥‥」 続きは、三蔵の口内に飲み込まれた。 三蔵は思い切り悟浄の体を引き寄せた。悟浄の腕が三蔵の体に回る。この数日、触れたくて、そして触れられなかった分を埋めるかのように、互いの体温を確かめ合う。 「ん‥‥う‥‥ふっ‥‥んん‥」 「三蔵?どした?」 悟浄の問いかけにも三蔵は動かない。だが、やがて僅かに体を震わせると、悟浄から体を引き剥がした。いや、引き剥がそうとした。実際は、悟浄が首に回した腕に力を込め、それを引き止めた。 「‥‥やんねぇの?」 「お前、自分の状態分かって言ってんのか?四日前には死にかけてたんだぞ。いくら何でもまだ直りきって無ぇだろうが」 ―――マジ殺してぇ‥‥この馬鹿河童‥‥っ!!! 一向に手の力を緩めない悟浄のおかげで、未だに三蔵は悟浄を押し倒したままの体勢だ。おまけにバンバン誘いの言葉をかけてくる。正直、これは今の三蔵にとって拷問以外の何物でもなかった。 「俺さあ、自分が死ぬかもしれねぇ、って思った時さ、お前とあのまま別れるの、すげぇ嫌だって思った」 じっと三蔵の目を見つめ、悟浄は僅かに声のトーンを落とした。思わず三蔵も、悟浄の顔を見返す。 「明日、いやヘタしたら、今日どうなるかわかんねーじゃん、俺たち」 「だから、欲しい時には我慢したくねぇの、俺」 口調はいつもと同じだったが、見せている笑みは、いつもの、何かを隠したような笑いとは、少し違ったものだった。 「‥‥生き残る自信が無ぇヤツの科白だな」 余計なお世話だ、と三蔵は悟浄を睨みつける。 盛大なため息をつく振りをして、三蔵は笑いをかみ殺した。 考えるより、動け、か―――。 「‥‥本当に、お前はどうしようもねぇな」 「あぁ?何がだよ、俺は‥‥」 三蔵の手が、優しく自分の髪に触れてきたから。
「‥‥お前が誘ったんだからな、我慢しろよ」 にやりと笑った悟浄に目だけで答えてやりながら、引き寄せられるままに三蔵は悟浄に覆い被さっていった。
「ちょっと、そこらへん散歩してきましょうか、悟空」 自分たちがルート確認から戻ってみれば、洞窟の奥からは、すすり泣くように響く、悟浄の声。何をやっているのか、一目瞭然、いや一耳瞭然だ。 (まぁ今日は、勘弁してあげますよ、三蔵) どうやら、悟浄の「三蔵が怖い」状態は、解決したようだ。ここ数日、三蔵も悟浄からは距離を置いていたから、二人の間では了承済みの理由があったのだろう。 (今までは、何でも真っ先に僕に話してくれてたんですけどねぇ) それが無かったという事は、今回の悟浄の状態が、案外根の深いものだったということを示していた。事の重大さと悟浄の口の重さは、比例している。 だがもしそれが、何らかのトラウマを悟浄から引き出すものだったにせよ、三蔵と二人で、解決出来たのならば。 八戒は、親友の回復を心から喜んだ。――――僅かばかり沸き起こった寂しさを感じながら。
「直って良かったよな、悟浄」 悟空の言葉が、体を指しているのかそれとも別の何かを指しているのか分らなかったが。
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ちょっと、消化不良気味ですけれど。悟浄さん、元に戻っていただきました。
三蔵様の理性も脆いですわね。そんなんでいいのか最高僧!(自分がさせておいて……///)
さて、次はようやく最終章。うまくまとまるでしょうか(不安)。