幽谷洞奇談(5)
もう、窮奇の後についてから、どのくらいの時間がたったのだろう。 一体どこまで連れて行くつもりなのかと八戒が問おうとしたとき、森の一角から臨む岩山の麓に、ぽつんと小さな穴が出現した。自然に出来た洞窟のようだ。 罠か。 一瞬の、逡巡。 「間違いないよ、中から悟浄の匂いがする」
暗い洞窟内に足を踏み入れた三蔵達の目に飛び込んできたのは。 洞窟のほぼ中央に置かれた、発光性の植物。 「よお」 煙草を咥え、笑って片手を上げる悟浄の姿がそこにあった。
「悟浄!無事だったんですか!」 「出血の割には大した怪我じゃなかったみてぇ。なーんかさ、あの虎みたいのに助けて貰っちゃってさあ。アイツが、気で傷塞いでくれた。ビックリだぜ、アイツ人の言葉喋れんの。それによ、ここって、地形的にどーも色んな『気』が集まるところらしいぜ?怪我とか、治りやすくなるんだってよ、凄ぇよなぁ」 「‥‥貴様‥‥」 べらべらと喋りまくる悟浄の耳に、低く押し殺した三蔵の声が届いた。 「何?三蔵様?あーワリワリ、もしかして心配してくれたのかな?三ちゃんは?」 「こ‥の、アホンダラ!!!!!」 「てっ!何しやがるこのクソ坊主!」 三蔵が一発殴ろうと、更に一歩悟浄に近付いた時、悟浄はびくっと身を竦めた。明らかに、怯えている。普段とは明らかに違う悟浄の反応に、八戒と悟空も目を丸くした。 「どうしたんだよ、悟浄‥‥?」 「口ほどにもねぇな、馬鹿が」
洞窟の外に出ると、煙草を取り出した。 「礼が必要か?」 自分たちを案内してきた時から変わらず、そこに座している窮奇。 『‥‥無用だ。まだ助かるかどうか分からん。我が塞いだのは外の傷だけだ。この場所は、あらゆる怪我を治すが、その急激な代謝による身体への負担も大きい。怪我の状態が悪いほど、その苦痛も増す。本来ならば、指一本動かす事すら辛いはずだ』 「らしいな」 この伝説の妖獣が、どういうつもりなのかは知らないが、ここに運ばれていなければ、悟浄はとっくに生きていなかっただろう。それほどの重傷だった。 驚いた様子も無い三蔵に、窮奇は首を少し傾げて問う。 「奴が自分で大丈夫だってんなら、こっちが余計な心配してやる必要はねぇよ。その担当は他にいるからな。それより――」 三蔵は、そこで一度言葉を切り、洞窟の前でうずくまる窮奇を見据えた。 『触れられるのを、怖がったではないか。人間と、妖怪の交わりによって生を受けた者の中でも、稀に出る現象だが―――知らんのか?』 窮奇の問いに沈黙で肯定の意を示すと、三蔵は煙草を足元で踏み消した。真っ直ぐに窮奇に向き直る。 「聞かせて、貰おうか」 時折霞んだ姿を覗かせる月が、三蔵と窮奇の姿を静かに見下ろしていた。
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ふ〜、ようやく三蔵様と悟浄さんが再会してくれました。
ろくに話もしてませんけど(悲)。じ、次回こそは!!