幽谷洞奇談(3)
(虎‥‥?) 確かに姿は虎に似ているが、それは虎ではなかった。 「夢‥‥見てんのかね‥‥すげー‥‥カッコいいじゃん‥‥」 まるで悟浄の声が聞こえたかのように、ぴた、と足を止めたそれは、しばらく悟浄を眺めていたが――再び低く唸り声を発すると、ゆっくりと悟浄に近付いてきた。その声に、悟浄は我に返る。 (‥‥しゃんとしろよ‥‥沙悟浄) 恐らく自分の血の匂いにつられて来たのだろう。どう控えめに見ても、草木を糧として生きているようには見えない獣だ。このままだと、食われてしまう。そうでなくとも、あまり永くはもたないだろうが、だからといって食われてやる義理もない。 (うまく‥‥操れるか?) 残った気力を振り絞り、錫杖を具現化した。僅かな妖力で、それでも真っ直ぐに刃を近付く獣に飛ばす。
キィン
その刃は、獣に届く寸前で跳ね返された。どうやら、気でバリアを張ったらしい。かなりレベルの高い妖怪だ。弱りきった悟浄の妖力ではそれを破るのは困難だった。 (駄目か‥‥) 食われるのか、俺は。 朦朧とした意識の中、悟浄は自分のおかれている状況ですら判別できなくなっていた。 何やってんだっけ?俺。ああ、帰らないと。皆を待たせてんだよな。遅くなったら、またあいつらに煩く言われちまう。置いていかれる前に戻らないと。あいつのところへ。あれ?あいつって―――誰だっけ? ――――帰らなければ。三蔵のところへ! ついに、悟浄の側までやってきたその獣が顔を寄せてくる。その顔面めがけ、最後の力を振り絞って拳を叩き込んだ。 背中に、獣の前足が乗るのを感じる。ほとんど、感覚の無いはずの体で、それだけが妙にリアルな感触だった。 「‥‥ワリ‥‥三蔵‥‥」 落ちていく。一筋の光も無い、暗い闇へ。
悟浄の足取りを追って、点在する妖怪の死骸を伝い三蔵達が辿り着いたのは、切り立った崖の上。 「まさか、ここから落ちて‥‥!?」 下を覗き込むが、眼下もまた鬱蒼とした森になっており、下の様子は伺えない。そうでなくても、辺りはもう真っ暗だ。このままでは悟浄を見つけるのは難しい。だが、そんな事を気にする者は誰もいなかった。 「降りましょう、早く!」 三人が、踵を返して崖の下に下りる道を探そうとした時、その声は、響いてきた。 ――その時、急に強い風が吹いた。分厚い雲に覆われていた月が、姿を現す。 月の光に照らされて浮かび上がる、一匹の獣。虎の姿に、白い翼。三蔵の口から、思わず驚きの声が出る。 「窮奇‥‥!?」 「キュウキ?」 そうだ、今は伝説の獣だろうが何だろうが気にしている場合ではない。 「どうしました?悟空」 「ご、じょうの‥‥匂いも、する」
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ついに登場の窮奇です。リク頂いたときには、本当にどうしようかと思いました。
無知でお恥ずかしいですが全然知らなかったので………(///)
新しい事柄を勉強する機会を下さった苑生様に感謝いたします。
その割にはリク外してますけど(汗)