幽谷洞奇談(2)
「三蔵‥‥」 口に出してしまって、悟浄は薄い笑みを浮かべる。夕べ、驚いてたな、あいつ。 いつの頃からか、時々こういう状態に陥る。人と体を重ねる事に、堪らなく嫌悪を覚える時期がある。頻繁に起こる、というわけではない。実際、前回そうなったのは、三人と出会う以前の事だった。その期間は、長くても4、5日。その間を誤魔化せれば、またいつもの自分に戻れる。 せっかく、思えてきたところだったのに。 三蔵には、知られるのは嫌だった。 (冗談じゃねぇな) そして、もうひとつ。
だから、わざと喧嘩を吹っかけた。 だが、やはりそう上手くはいかないものだ。三蔵が部屋を訪ねてきたとき、本当ならそこで追い払うべきだったのだ。実際、そうするつもりでドアを開けた。辛辣な言葉の一つでもかけてやるつもりで。 だが、三蔵の顔を見た途端。 部屋に招きいれた時点で、行為を了承したと思われるのは当然だ。しかし、結局は駄目だった。それどころか、今まで以上に湧き上がる嫌悪感。 ―――初めて、本気で拒んでしまった。 嫌われたとは、思わない。もしそうだとしたら、自分はもうこの旅からは外されている。 さすがの三蔵も、今回は知らんフリはしてくれないらしい。もし、そうされたらそれはそれで、ちょっとショックかもしれねぇな、等と身勝手なことを考えたりもする自分に嫌気がさす。
ゴホッと咳き込むと、口から溢れる鉄の匂いのする液体。 (あー、本格的にヤバいな、こりゃ‥‥) このまま三蔵と会えないのだろうか。あんな別れ方をしたままで。そして、大切な親友ととかわいい弟分と。あの二人にも、もう会えないままなのか。 あんな意地、張らなきゃ良かったな。天罰かね、やっぱ。
静かだ。
ぼんやりと、空を見上げた。今日の妖怪の襲撃は夕食の後だったために、今はすっかり辺りは夜の帳に包まれている。本当なら満月のはずだが、生憎厚い雲に覆われてその姿を見ることは出来ない。 突然、低い唸り声のようなものに失いかけた意識を揺さぶられる。
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悟浄さん告白編です。
微妙にリク外してるような気がしないでもないですが……///。