あれから(中編)
「何なんだ?一体」 ここは、この街の外れの山に建つ寺の一室。 「大体、よく三蔵がOKしたな。こんな時間に、寺なんざ」 首を捻る三人を、僧侶が呼びにやってきた。 訳も判らぬままに、ついて行く。案内された部屋は応接室のような形式のもので、見れば三蔵は中央に置かれたテーブルを挟んで、高僧らしき老僧と対峙していた。その周りを遠巻きに修行僧たちが取り囲んでいる。 「何故、あいつらを呼んだ?奴らには関係ない」 自分の事?三人は互いの顔を見合わせた。一体、何の話だ? 「さっきから答えは出しているはずだ。耳が遠いのか?」 三人は、思わず息を呑んだ。
「確かに、現在の桃源郷は狂った妖怪が跋扈する魍魎世界と化しております。危険は承知の上。ですがその艱難辛苦に耐えてこそ、真の修行の道が開かれると申すものでございましょう。人間の力だけでは三蔵様をお守りするに不足だと仰られるならば、せめて一人だけでもお供にお加え願えませんでしょうか?」 どうもこの老僧は、供の三人が完全に三蔵のボディガードとしてのみ、その利用価値があると思っているらしい。だから、入れ替えても別段いいではないかと言っているのだ。 「‥‥‥生憎とジープは四人乗りでな」 そこで老僧はちら、と悟浄に一瞥をくれた。老僧の言わんとする事を、何よりも雄弁に物語るその視線。 (成る程、俺とメンバー交代しろというわけだ) 完全な妖怪よりも、僅かでも人間の血が混じった自分の方が、三蔵の側にいることを疎まれる現実は、いつまでも軽くなる事はない。 だが、今回は、果たしてそれで済むのだろうか。 ここ数日間の三蔵の自分に対する態度を思い出し、悟浄は僅かに目を伏せた。
悟浄の心中を他所に、老僧は自らの構想を語り続ける。 「最高僧であらせられる三蔵法師様の弟子が、妖怪ばかり、というのでは他に示しがつきません。ここに控えております僧たちは、修行中の身ではありますが、信仰心に厚く、法力も強い者ばかり。また武術にも秀でておりますゆえ、その辺りの妖怪など問題ではありません。必ずや三蔵様のご期待に添えるものと確信いたしております」 「三蔵様、是非拙僧をお弟子にお加え下さい」 「必ずやお役に立って見せます!」 「恐れ入ります、三蔵様、あの‥‥‥」 そっけない返事。 「い、いえ。失礼いたしました」 修行僧たちの『三蔵の弟子の座』争奪戦は、ますます熱を帯びたものになっていった。
(あーあ。早く終わってくんねーかな。大体、誰がこの生臭の弟子だっつーのよ) 悟浄は先程から火の点いていない煙草を、所在無さ気に銜えていた。 どうにも腹の立つ連中だ。三蔵崇拝は珍しい事ではないが、それをわざわざ自分たちに見せる必要もないだろうに。ここで面倒事を起こして三蔵に迷惑をかけるのもどうかと思うが、このまま黙って付き合ってやる義理もない。 悟浄はポケットからライターを取り出し、銜えっぱなしだった煙草に火を入れるべく慣れた仕草で蓋を開けた。 「ガス切れじゃないんですか?」 両隣から、声がする。二人とも「煙草を吸う」行為自体を咎める様子がないところをみると、悟浄同様、かなりこの場の雰囲気には嫌気がさしているらしい。 まるで、今にも消えてしまいそうな――――。 自らの考えに軽い嫌悪感を抱きながら、その儚い炎が消える前にと悟浄が煙草を近付けようとした、その時だった。
不意に伸びてきた手に、悟浄のライターは奪い取られた。 不意に湧き上がる、憤怒。
悟浄は一瞬、呼吸を忘れた。
今までの三蔵なら、こんな風に悟浄を排斥されようとした場合、黙っている事などなかった。逆に悟浄が思わず宥めてしまうほどに、怒りをあらわにしたものだ。 だとしたら、考えられるのは一つ。 ―――三蔵もここの坊主たちと同じく、自分との旅を終わらせたがっている
自分たちの意を汲み取って、行動を起こした三蔵に対する賞賛のため息と、身の程もわきまえず傍若無人に振舞い、咎めを受ける禁忌の子供に対する嘲笑が、空気の振動として感じられる。感覚が過敏になっている自分を悟浄は自覚した。 ―――やっぱ、終わり、かよ。 指先が。銜えた煙草が。震え出しそうになるのを気力で抑え込む。 ―――誰がこいつらの前で、みっともない姿なんざ晒してやるものか 俺はこれから全てを失う。自分に残るものがあるとすれば、このくだらない意地と、安っぽいプライドだけだ。
悟浄は、全ての表情を殺して、前に立つ三蔵を真っ直ぐに見つめた。 その口から発せられるであろう、『終わり』の言葉を受け止めるために。
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悟浄さん、ヘタれすぎです(///)