Deep × Dark(2)
By 秋史月様

長く尾を引く銃声に、嘲笑うかの様な妖怪の笑い声が重なる。

「無駄だよ、僕だって殺されたくは無いからね。本体で、来たりはしないよ」

 額に穿たれた穴からは、血の一滴すら流れてこない。それなのに妖怪は、何事も無かった様に喋り続けている。

「傀儡か・・・」

「そう。僕の話を聞いた方が良いと思うよ玄奘三蔵法師様。沙悟浄を死なせたくなければね」

 楽しそうに話す口元が、いやらしく歪んだ。

「今、あなた方が戦ったのは、ある特殊なウイルスのキャリアばかりだったんだよ。空気、血液、飛沫どれででも感染するタイプ。まあ、普通なら人畜妖怪には無害、といっても良いぐらいなんてことは無いウイルスなんだけどね」

 そこでいったん言葉を切ると、三蔵達の反応を見るようにそれぞれに視線を移す。

 悟浄も八戒の手を借りて、自分をこんな目に合わせた妖怪の言葉を聞いていた。自分が他人と違うという事を、今更の様に思い知る。この妖怪が言いたい事・・・。

「風邪とかと似たようなものらしいよ。体内に入っても身体の自衛機能が働けば、問題無く回復する。そのくらい些細なもの。ただしそれはあくまで人間や妖怪にとって、という事で・・・」

「何が言いたい」

 その答えが判るからこそ、三蔵の怒りは激しく深くなる。今すぐにこの妖怪の息の根を止めてやりたかった。

「禁忌の子には命取りになるんだってさ。うちの博士がそう言ってたよ」

 その答えに、やはりと悟浄は目を閉じて息を吐いた。身体が辛くて意識を保つのがようやっとにと言う状況で、これ以上この妖怪の言葉を聞きたくなかった。

「悟浄!?」

 八戒が支えていた悟浄の身体から、ずるりと力が抜ける。身体が小刻みに震え、額にびっしりと浮かぶ汗が状況の悪化を知らせていた。

「潜伏期間が無いから、かなり辛いと思うよ。もって3日だって言ってたし・・・でも彼丈夫そうだから4日ぐらいは大丈夫かも」

「貴様っ!」

 楽しそうに命の期限を切る言い方に、怒りが増す。睨みつける三人の視線を事も無く受け流し、黒髪の妖怪は話を続けた。

「怒らないでよ。博士に言わせると、不自然な存在なんだってさ。人であって人でなく、妖怪であって妖怪ではない。彼の遺伝子が人と妖怪どちらの螺旋なのかは知らないけど、いつそのバランスが崩れてもおかしくないそうだよ。安定しないから根本的な免疫力が低くて、子供のうちに何らかの感染症で死ぬのが殆どで、禁忌の子が大人になる事自体が稀なんだって。詳しい事は僕も良く判らないんだけどね。」

 大人になると妖怪の力が人間のそれを上回るから、逆に強くなるみたいだね。これも受け売りなんだけどさ・・・。とまるで天気の話をするように軽く言う。

彼の口から語られる全ての事が、そこに居た全員の気持ちを逆なでしていく。仲間を実験動物のように言われ、それぞれが我慢の臨界点に来ていた。

「どっちでもいいよ、そんなことっ!いいから悟浄を直せよおまえっっ!」

「効ウイルス剤なら在るよ。48時間以内に打てば、体内のウイルスは死滅するし抗体が出来て耐性もつく」

 ほらこれだよ、と言って、小さなアンプルを手にかざす。

「3本在るうちの1本なんだ。で、これはこうする」

 パキン。小さな高い音と共にガラスの容器が、妖怪の手の中で割れた。中の液体が零れ落ち、地面に小さなしみを付ける。

「何すんだよテメェッッ!!」

 悟空が妖怪に掴みかからん勢いで、向かっていこうとするのを三蔵が止めた。

「選択肢は少ない方が選びやすいでしょ。だからそのお手伝い。残りのもう一つは吠塔城。最後の一つは、この先の街外れの森に在る古い城で僕が持ってるから取りに来ればいい。もちろんそのまま進んでも構わない、どちらでも良いんだ僕は」

「言いたい事はそれだけか」

 静かに深く怒りに燃えた紫の瞳が妖怪を見つめ拳銃の引き金を引いた。三蔵の銃声に、八戒の気孔波の爆発音がかぶる。

 妖怪の立っていた大地は抉れ、あとには何も残っては居なかった。

「ともかく町へ行きましょう。こんな所じゃ、悟浄の身体に悪すぎます」

 八戒の提案に意義を唱えるものなど居らず、既に限界を超え意識を失くしていた悟浄をジープに乗せると町へと向かった。





 街中の喧騒を離れるように、街の外れに程近い宿で人数分の部屋を取り悟浄を休ませると、三人は三蔵の部屋に集まった。

「行きますか・・・」

 すぐにでも、という八戒の問いに三蔵も応と答える。

「ああ、一刻を争う。早けりゃ早いにこした事は無いだろう」

「なあ?なんだってあんな妙なモンを、あいつら持ってたんだろう」 

 悟空が不思議そうに三蔵に問いかける。悟浄は今まで何でもなかったんだから、わざわざ作った訳だよな?と疑問をぶつける。

「科学と妖術を使って、牛魔王を蘇生しようと考えてる奴等だ。病理だか生体だかに詳しい輩も居るんだろうよ」

 三蔵は胃の中からせり上がる吐き気を何とか押さえ、悟空の問いに答えた。こんな悪趣味な作戦を立てた相手に、怒りを覚える。

「紅孩児達とは、別みたいでしたしね」

「黒幕の方がちょっかいを出してきたって事だろう」

 後悔させてやるさ。俺達に揺さぶりなんぞ効かないかない事を教えてやる。三蔵は静かに怒りを身体の中で昇華させていく。

一人を窮地に追いやる事で、精神的なダメージを与え戦いを有利に運ぶ。そんなもくろみも、あの妖怪には在るのだろう。だが、そんなことで崩れるくらいなら、最初から玄奘三蔵を名乗ったりはしない。

静かな怒りを含んだ。いくぞ、という三蔵の言葉を合図に、三人は町外れの城へと向かう。悟浄の事は宿の主人に時折様子を見るように頼んでおいた。

医者でも科学者でも無い自分達が、付いていてもどうにもならない。ならば出来る事をやるだけ。

ジープに乗り込む三人を、物陰から気配を殺しうかがっている影が居た。微かにでも殺気の在る相手ならば、きっと気付いただろう。だが殺気を纏わないその存在に、どこかで冷静さを欠いていた彼らは気付かなかった。





悟浄の眠りは、浅い上に酷く辛いものになっていた。夢を見ているような不快な感覚が常に意識を支配し、横になっていても三半規管が狂っているように目眩が止まらない。自分を中心に世界が常に廻っている。四肢はまるでコールタールの中に浸けられている様に、ずしりと重く纏わり付くような感じで動かす事も儘ならない。

今自分が起きているのか、寝ているのかも判断出来ない程悟浄の意識は混濁していた。

 半覚醒のぼやけた視界に、夢現の様に人影が現れる。

『さんぞ・・・』

 熱で乾いた唇が、音を出さずに逢いたい者の名を形作る。

 躊躇うように、大きく無骨な手が悟浄の額に伸ばされる。ひやりとしたその感触が気持ちよくて、悟浄は目を閉じてされるに任す。

 ――― 違う、誰だ・・・ ―――

「飲んでおけ。気休めだが少しは違う」

 ――― 何が?・・・ ―――

 唇に何かの液体が落とされる。熱で乾いた喉を潤すほどの量ではないそれが、何かの薬で在ることは朧げながらも判った。

 確認しなくても額に当てられているこの手が、誰のものであるのかなど当に気付いていた。

 ――― ・・・え・・ん・・・ ―――

 懐かしさと安心感をもたらすその手の感触を感じながら、悟浄の意識は再び暗い淵の中へ落ちていく。

「・・・」

 だから男が何か囁いたその言葉の意味を、悟浄が知る事は無かった。

 宿の主人が頼まれた通り、悟浄の様子を見に行った時には、ベッドの上で寝ていたはずの病人の姿は何処にも無くなっていた。





「三蔵。少しの間ハンドル頼みます」

 八戒はそう三蔵に声を掛けると運転席に立ち上がる。八戒の右手に気の光が集まり、集中していく気が空気を振動させる。

「ハッ!」

 気合と共に放たれた気孔波は、城門を一撃で吹き飛ばし、ジープは少しもスピードを落とすことなく城壁の内側へと滑り込んだ。

「邪魔すんなぁッ!どけよテメーらッッ」

 怒涛の如く待ち受けていた妖怪達を、三蔵のS&Wが撃ち払い。悟空の如意棒がなぎ倒す。

「このまま玄関ホールに突っ込みます。身体を低くしてください」

 八戒の指示に、二人は頭を下げ来るべき衝撃に供える。

 ドン。ガシャァーン!

 衝撃音にガラスの割れる音が混じる。

エントランスに滑り込んだジープにブレーキングでカウンターをかけ、横滑りさせて止めると三人はそれぞれに散り、戦闘に備え身構える。

 ――― 上か下か・・・ ―――

 雑魚はこの際関係なく、ただ一人。あの妖怪にだけ用が在るのだ。妖怪たちは城の奥から出てきている。

 三蔵の逡巡を見透かすように八戒が気孔破を放ちながら声を掛ける。

「三蔵。取り合えず進みましょう。あの手合いは玉座が好きですよ、多分」

「判った。いくぞ」

「おうっ!」

 三蔵がその言葉に同意し、悟空の元気な声が答える。三人は八戒が作った陣形の崩れから、城の奥へと向かった。

 城といっても全てが広い訳ではない。通路は戦闘するには不向きなほど狭く、リーチの長い如意棒では不利と判断したのか、悟空は三節棍での戦いに変えていた。

「三蔵っ!」

 八戒は視界の隅で、三蔵の身体が揺らいだのを認め声を掛ける。横から青龍刀を持った妖怪が三蔵に向かっていくのも見えたが、距離が離れているためにカバーできない。

 三蔵は振り下ろされる刀を、銃身で受けそのまま横へ弾き、自身も反動を利用し身体を返した。その動きについていけず、無防備に顔を晒した相手の眉間に一発打ち込むと、三蔵は体制を整えなおし次の敵へと向かう。

「後から後から沸いて出やがって」

 弱くとも数がいれば、足止めにはなる。先に進めぬ苛立ちが募り、徐々に三人の冷静さを殺いでいく。

 ――― 落ち着け・・・ ―――

 このままでは相手の思う壺だと自分を諌めるものの、時間が気になる。あれから何時間たっただろう。後何時間余裕が有るのだろう・・・。最悪のシナリオを否定するために、三蔵は敵に向け銃を撃ち続けた。

 それでも、長時間に及ぶ戦いと急いた心が一瞬の隙を呼び、三蔵の頬を妖怪の手にした刀が掠め紅い線を刻む。

「ちっ」

 自分を傷つけた相手を一撃で倒すと、小さな匂いの変化に気付く。回りを見回し、今自分のいる場所の壁の内側。部屋の中からだと気付く。

「八戒、悟空!ここから離れろっ!」

 自分よりも後ろにいる二人に声を掛ける。今の一言で、少なくとも八戒は意図したことに気付くだろう。問題はどのくらいの爆発がどれだけの規模で起こるのか・・・。

戻る事が出来ない三蔵は、そのまま廊下の突き当りまで走り出した。

ドオン!

 室内での爆発は、鈍く籠もった音となり建物を振るわせ、粉塵と瓦礫が三蔵を床に叩き付けた。

「っ。なりふり構わず。か」

 それはお互い様だなと苦い笑いが浮かぶ。爆発で分断された通路には、他の二人の影もの妖怪の気配も無く三蔵独りが取り残されているだけ。

廊下の先はドアが在るだけの突き当たり、だがその部屋からは妖怪の気配が漏れていた。三蔵は立ち上がり、銃に弾を込めなおす。殊更ゆっくりとした動作で、廊下の先へと銃を構えた。

 この気配は何度かあった事が有る相手だ。あの妖怪のような禍々しいものではなく、真っ直ぐな誰かを思い出させる気を持つ相手。

「出て来いよ。いるんだろ、そこに」

 ドアが開かれ、想像通りの人物が姿を現した。
 

 

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