Deep × Dark(3)
By 秋史月様

 ドアの内側から、独角児。・・・沙爾燕が姿を現した。

「玄奘三蔵・・・」

「てっきり別口だと思ってたんだがな。あんた達がこんな茶番を仕組んだのか」

 三蔵の口調に皮肉が混じる。今一番苦しんでいるのは、敵になったとは言え彼の血を分けた弟なのだ。

「違う!・・・いや、同じ事か・・・」

 あいつを連れてきた俺もやつらと同じだ。自虐的な呟きは三蔵の耳には届かず、その様子に三蔵は怪訝そうに眉を顰め独角児を見た。

息を吐き、独角児は表情を引き締め、右手に青龍刀を召還する。そのまま剣を構え三蔵に向かい戦いを挑む。

「問答無用と言うことか・・・」

 パワーで勝る独角児の剣を、まともに受けては戦いにもならない。銃で牽制しながら、間合いを計る。

「!」

 一瞬できた隙はワザと・・・なのだろう。

それでもそれを見逃すわけには行かない三蔵は、独角児の腕を打ち抜く。青龍刀が扱えなければそれでいいのだから。

「ぐっ!」

「・・・」

 拳銃をおろし三蔵は、腕を押さえて跪く男を見下ろす。

戦えば、この男に迷いが在ることなどすぐに知れた。彼は自分がこの茶番に加わる事で、何かを守ろうとしたのだと判る・・・。

「・・・あの部屋に抜け道が在る。玉座の間の裏に着く様になっている。それと・・・悟浄もそこにいる・・・」

 独角児は自分が出てきた部屋を、三蔵に目線で示す。

「!あんた・・・」

「連れて来いと言われて俺が連れてきた。・・・他のヤツよりましだろう」

 苦い笑いが独角児の口から漏れる。あの状態の悟浄を、どんな思いでこの男は此処に連れてきたのだろうか。

「何とか薬を手に入れたかったんだがな。隙が無かった」

 悟浄を頼む。俺が言えた義理じゃないけどな。問わず語りの独角児の告白を三蔵は、黙って聞いていた。敵同士とはいえ、彼もまたつらい立場にいるのだという事はわかる。

俯いて表情を隠すところは兄弟だと、赤い髪の男を思い出し比べてしまう。

「言われなくても、そのつもりだ」

 そのまま立ち去ろうとする三蔵の背中に、爾燕が言葉をかける。

「アンプルはあいつの懐に入ってる。壊すなよ」

「そんなヘマはしねえ」

 振り向くことなく、三蔵はドアの向こうに去って行った。





「うっ・・・」

 闇の中を彷徨う様な覚醒と昏睡を繰り返す自分の状態。常に悪夢の中に居るその状態は、乗り物酔いの様に気分が悪い。幾度目の覚醒だろう、気が付けば見た事も無い場所に寝かされていた。

 ――― 何処だ・・・ここは? ―――

 未だ利かない視界は、周りの状況を悟浄に正確に伝えてこない。

一体どれくらい時間がたっているのか、そして、いつまでこの身体は持つのか。考えた所で悟浄にはその答えを出す術が無い。

それでも、先ほど薬を飲まされたのは夢では無いらしい。幾分しっかりと、自分の意識を保っていられる。

 状況を把握しようと、ゆるゆると首を廻らせる悟浄に気付いたのか、人影が近づいてくる。

「目が覚めたんだね。気分は・・・良い訳無いか・・・」

 全身の特徴と声だけで判断すると、今朝逢ったあの妖怪だろう。

「視神経にきてるのかな。良く見えないんだね。綺麗な瞳なのに勿体無いな。」

 焦点の合わぬ瞳で、己を見ている悟浄を覗き込む。近づく気配に、悟浄は顔を背けようとしたが顎をつかまれ固定される。

「なんの・・・つもり・・・だ」

 熱で乾いた喉からは、掠れた声しか出てこない。それでも相手を強く睨みつける。

「睨まないでよ。貴方のことを欲しがってる人がいてね。最悪死体でも良いからもって来るようにって、言われたんで攫って来て貰ったんだ」

 珍しいものだから欲しいんだって。そう言うと悟浄の顔から手を離した。楽しそうに話す妖怪の言葉に、吐き気がする。

――― 珍獣じゃ、ねーんだ俺は ―――

反論したくなる気持ちを抑えこむ。腕すら満足に動かせない自分では、この男に何かすることなど出来はしない。それでも・・・諦めるつもりも無かった。されっぱなしと言うのは癪に障るし気に入らない。

「直ここに三蔵法師が来るよ、君の薬を取りにね。そのとき此処にいる君を見て、彼らがどうするかが見ものだね」

 妖怪の話す内容に、熱の為だけではなく目眩がする。自分が皆の枷になっているという現実が、悟浄には辛かった。

自分の始末ぐらい着けないとな。なあ?三蔵。言う事を利かない身体を叱責し、相手にそれと気付かれぬように、ゆっくりと指を動かしてみる。

 ――― 動く・・・ ―――

「どうしたの?黙り込んで。死ぬのは怖い?なら命乞いをすればいい。僕らの仲間になるのなら薬を打って上げても良いんだよ」

 相手は完全に自分が優位に立っていると思い込んでいる。無防備に悟浄に身体を近づけてくる妖怪との間合いを、気配だけで計る。

「な・・・かま・・・に・・・」

「そう。三蔵一行を裏切り、こちらに寝返る。そうすれば命は確実に助かるよ」

 一歩一歩近づいてくる。それでもまだ足りない、今の自分にはこの距離でも遠すぎる。

 ――― もう少し・・・。近づいて来い ―――

すっかり悟浄を何も出来ない病人だと思い込んでいる。無防備に近づいてくる妖怪は隙だらけで、殺れるとは思わないが傷の一つぐらいは付けられるだろう。

後どれくらい自分は意識を、保っていられるのだろうか。少しでも、三蔵達の為に何かをしておきたかった。

――― あと少し・・・ ―――

「・・・」

「ああ、もう普通に喋る事も出来ないんだ。言ってご覧。仲間になるって」

 声を出さずに唇を動かす悟浄のそれを、苦しさからきていると合点した妖怪が楽しそうに微笑むと、悟浄の唇に耳を近づけた。

「死・・・ねよ」

 ギリギリまで近づいた妖怪に向け、掌を固定する。最後の妖力を一気に高め、錫杖を召還し、そのまま刃を相手へと飛ばす。

「っ!!」

 普段の悟浄ならば、外す間合いでは無かった。目が利かない。その事が、悟浄には不運で、相手には幸運だった。

「ちっ、いい根性してるね!」

 頬を掠めた刃によって切れた傷口の血を拭うと、悟浄の身体に向けて衝撃波を放つ。

「ぐあっ!」

 避ける事も出来ずに、身体で全て受けた悟浄はそのまま壁際へと飛ばされた。

「・・・ぅ・・・」

 床に叩きつけられた体から、力が抜ける。錫杖を召還した時点で、悟浄の限界は過ぎていた。起き上がる事も出来なければ、痛みすらも感じられない。

 ――― さんぞ・・・ゴメンな・・・ ―――

 切れ切れになる意識を繋ぎとめる事も限界に来ていた。

「今、死ぬがいい」

 怒っている妖怪の掌に陽炎が揺らめき、空気が振動を始める。

 今度こそ死ぬな。悟浄はそう確信したが、不思議と怖いとは思わなかった。ただ三蔵との約束をたがえる事が辛かった。

「!」

 ギクリと妖怪の動きが止まる。悟浄に対して気をとられ、いつの間にか近づいていた背後の気配に気付かなかった。

 頭に冷たいモノが押し付けられる。

「人のものを、勝手に取ってんじゃねーよ」

「いつの間に・・・。早い、ねっ!」

 三蔵の登場に妖怪の動きは一瞬止まったが、掌を返しそのまま半端な衝撃波を後ろに放つ。三蔵に対しての目くらましになればいいと思っての行動。

 だが、瞬時に三蔵はそれを避け、身体を返す。妖怪も振り返り体勢を整え、衝撃波を連弾で繰り出すが、悉く三蔵に避けられる。

「甘いんだよ」

 ガウン。

 聞き慣れた銃の音が響く。

その音に、遠のいていた悟浄の意識が少しだけ呼び戻される。はっきりと見えない視線の先には、会いたいと思った相手が佇んでいた。

 一発で全て片を付けた。それ以上時間をかけるつもりは、最初から三蔵には無かったのだ。必要以上に時間を喰えば、悟浄を助けるために必要なアンプルを壊してしまう可能性も出てくるのだから。

 倒れている妖怪の懐から、小さなガラスのアンプルを取り出すと視線を悟浄へと廻らせた。

「悟浄っっ!」

 力なく石畳の床に放り出されている彼の元に、走り寄る。

「・・・さんぞう・・・」

 走り寄る気配と、声しか聞こえない。自分に近寄る三蔵の姿も、朧げなシルエットでしかない。せめて顔が見たかったと思うのにそれも敵わない。

 近づく三蔵から血の匂いがして、心臓が痛くなる。まさか自分の為に彼が怪我をしたと言うのだろうか?もしそうなら自分はどうすればいいのかと、そればかりが気になる。

 悟浄の傍らに近づいた三蔵は、倒れている彼の身体を負担をかけないように抱き起こす。

「大丈夫か」

 問う声が優しい。見えないのならばせめて触れたい。無理やり腕を挙げ、震える手で彼の顔を探す。ようやく彼の頬に手が当たる。

「っ・・・」

 小さな声が三蔵の口から漏れる。その声に悟浄の指がギクリと止まる。

「ごめ・・・ん」

 謝りたいのに、まともな言葉が出てこない。何より意識を保つ事も、限界に来ていた。

「たいした事は無い。気にするな、お前が無事で・・・」

 良かった。そういった三蔵の言葉を最後に、悟浄の意識は途切れた。





 再び悟浄が目覚めたのは翌日、夕日が部屋を赤く染める頃になってからだった。

どれだけ自分は寝ていたのだろう。身体にだるさは残るものの、不快な眠りではなかったと今になって気付く。

 視界も幾分はっきりしてきている、天井の木目が見えることでそれを知る。どうやら死ぬ事は無いらしい。

「起きたか」

 傍らから声が落ちてくる。首を声の方に廻らせれば、いつに無く優しい顔をした三蔵と目が合う。頬に一条の傷が有り、その事に気付いた悟浄の表情が曇る。

「三・・・」

 蔵と言おうとした言葉は最後まで言えなかった。悟浄の唇に三蔵のそれが重なる。触れ合うだけで一度離れ、何でもねえよ。こんな傷。そういって再度重なる唇が悟浄の下唇を軽く噛む。

「っう」

そのまま舌で上下の唇を廻ると歯列を撫でる。薄く開かせ三蔵はそのまま口腔内を蹂躙した。互いの舌を絡ませあい触れ合う唇が湿った音をたてる。

「ぁん」

 呼吸すらも侭ならないその激しさに、追い詰められる。知らず縋るように、三蔵の服の裾を握りしめる。

 互いの唾液が混ざり合い、飲み込みきれないそれが悟浄の喉を濡らし、首筋にあとを付ける。

「ぅふっ」

 ようやく開放された悟浄の唇が酸素を求め喘ぐ。

「死ぬ気で掴んでろといった筈だ。お前は何も考えねぇで、俺だけ見てりゃ良いんだよ」

「さんぞ・・・」

「あんな奴らに、勝手されてたまるか。今更くだんねぇ病原体なんぞに負けんじゃねえよ」

 ベットの縁に腰掛け、悟浄の顔にかかる髪を指で払いながら三蔵はきっぱりとそう言った。何があっても死なせやしないし、二度も同じ手にはかかんねえよ。それほど俺たちも馬鹿じゃない、そうだろうが。と悟浄に向かって同意を求める。

「俺は・・・」

「何度も言わせるな。生憎俺はお前を離す気がねぇんだ」

 お前はどうなんだ。と紫の瞳が真剣な光を持って悟浄を射抜く。

「参った・・・」

 降参します。三蔵様。俺はあんたの下僕だし、天竺行くんだろ。付いてくよ。悟浄は自分の顔に触れていた三蔵の手に、己のそれを重ねてそういって笑った。

 例え自分が禁忌の子であろうとも、異質な存在だとしても、ただ独りのひとに許されるなら多分されだけで生きる意味がある。

「それで良いんだよ」

 その答えに、三蔵は満足そうに微笑む。それで全てが解決するわけでは無いけれど、それでも共に生きるとそう誓う。

「三蔵」

 もう一度彼の名を呼ぶとその顔に手を伸ばす。頬の傷をなで首筋へと滑らせると、引き寄せる。

「ああ」

 その声と、行動に応える様に三蔵の顔がゆっくりと悟浄に近づき、互いの想いを確認しあうかの様に再び口付けを交わす。

 

 二人は、互いに触れるだけの口付けを幾度と無く繰り返した。

 今、この時に全てを誓うかの様に・・・。

 今が永遠であれと願う様に・・・。





                                    <了>
 

 

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