『禁忌の子が大人になるなんて奇跡に近いんだよ・・・』
そう言って笑う妖怪の額に照準を合わせ、三蔵は躊躇うことなく引き金を引いた・・・。
『Deep×Dark』
タイムリミットが迫っている。もって後一日。考えたくも無い最悪のシナリオが自分の前に広がっていた・・・。
「邪魔だ!」
先を急ぐ自分達の行く手を、刺客の妖怪達が阻む。
躊躇いも無く引き金を引き、簡単に相手のその命を奪う。圧倒的な数にものを言わす団体相手にいい加減三蔵は切れかけていた。
「ちっ」
暗い通路で小さな段差に足を取られる。ふらついた足元を見透かすように、右脇から剣を持った妖怪が三蔵めがけて突進してきた。
「三蔵っ!」
八戒の声が後ろから響く。冷静になれと自分を諌め、振り下ろされようとしていた刃をかいくぐり、振り返りざま引き金を引く。
建物の中の広くは無い通路は、三蔵には不利な戦場だった。いくら体術に優れているといっても人の身である三蔵が妖怪と対等に戦える訳は無い。拳銃にとって都合のいい間合いが取れないのだ。
そんな不利な状況でも殴り、いなして間合いを計りS&Wで相手を打ち抜く。それらを一瞬のうちにやれるのだから確かに三蔵は強いのだろう。
銃声と怒号、罵声と破壊音。それらが入り混じる通路を三蔵達は只上へと向かい駆けていた。
――― 死ぬ気で掴んでろと言っただろうが、馬鹿河童っ! ―――
今この場に居ない男に精一杯の罵声を浴びせさせる。何が何でも生きろ!とそう願いながら三蔵は、彼の命を救う最後の手段を講じていた。
近い街まで後一日はかかると言うので、相も変わらず野宿となった。車座で休むその輪から、夜更けに独り離れた悟浄の後を追い、広い草地に佇む彼の傍らに三蔵は無言で腰を下ろした。驚いた様に三蔵を見ていた悟浄が嬉しそうに小さく笑う。
「月が綺麗だからさ・・・。」
問いかけるでもなく隣に座る三蔵に、深紅の髪を持つ男はそう言った。
「だから月見酒な訳よ」
悟浄は小さなボトルを取り出すと、あんたも飲むかと三蔵を誘い二人で酒を酌み交わす。
「なあ、三蔵」
悟浄がぼんやりと月を見上げながら隣に座った三蔵に問いかける。
「俺の人生も満更悪くねぇって、思わねぇ?」
だって最高僧玄奘三蔵様に、手ぇ取ってもらえたんだぜ。なんかそれだけで今までの分チャラにしても良いんじゃないかって思うよ。
そういって笑う悟浄に三蔵の胸が小さく傷む。彼の歩んだ人生の、全てを知っているわけでは無い。ましてやどんな思いで生きてきたのかなど想像するしか無いのだ。
自分といる事で、この男の傷が和らぐと言うのならば傍に居てやろうと心で誓う。それを言葉に出して言ってしまう事はたやすい。けれど悟浄は言葉を欲しているのでは無い、三蔵はただ黙って悟浄の気の済むまで傍らに居た。
「優しいじゃん。三蔵様」
「うっせーよ」
おどけて見せた悟浄の頭が三蔵の肩に凭れ掛かる。長い髪がその表情を隠したのにまぎれて小さな声で「サンキュ」と呟く。
「礼を言うぐらいなら、死ぬ気で掴んどけ」
何をとは言わなかったが、悟浄は顔をあげると「了解」と三蔵の唇に己のそれを重ねた。
翌朝、天気は快晴。風は微風。心地よい気分に水を差す大量の刺客。
「だぁぁぁっ、もう。何でこう弱いくせにわらわらとぉ!」
先陣を切って殴りこんだ悟空が、大声でぼやいている。確かに弱い刺客ばかりで、無駄死にとしか言いようの無い特攻のような戦い方をしている。
「数撃ちゃ当たるとおもったんだろうよっ」
錫杖を取り回し、相手と間合いを取りながら悟浄がまぜっかえす。どうということの無い普段通りの戦い方。
「二人とも、無駄口叩いていると舌噛みますよ」
八戒の気孔が直線を薙いでいく。その一撃でかなりの数が減った。
周りの会話を聞きながら三蔵は奇妙な違和感を感じていた。
妖怪達はランダムに、それぞれを狙っている様に見える。だがそれが一瞬、規則的になる瞬間が在るのだ。狙いを定めた獲物を狙う為に、フォーメーションを取っている様な動きが混ざる。
――― なんだこいつらは? ―――
それが何を意味するのかは判らないが、取り合えず目の前の敵を倒すしかない三蔵は無言のまま拳銃を撃ち続けた。
――― なんだって言うんだよ ―――
悟浄は息の上がる身体に鞭打って、戦闘を続けていた。そんなに激しく動いた訳でもないのに身体がだるく、錫杖の取り捌きに切れがなくなってきている。
「このやろぉっ!」
身体を奮い立たせるために、声を出す。心なしか自分に向かってきている妖怪の数が、増えたようにも思えた。
――― なんか変だ。こいつら ―――
気が付けば、自分に向かってきている妖怪の殆どが獲物を手にしていない。爪が鋭い者や、腕を硬質な刃に変形させている者が殆どだった。
「沙悟浄!死ねぇ!」
名指しで攻撃をかけてくる者もいる。
――― こいつ・・・! ―――
悟浄を取り囲み四方八方から鋭い爪が向かってくる攻撃に、よけきれず腕を掠められた。二の腕に一条の傷が出来、紅い線が浮く。
「嘗めんなっ!」
錫杖を力の限りに振る。悟浄の妖力に多少制御されるその刃は、狙いたがわず回りの敵の身体を両断していく。
「ざまをみろ・・・っ」
くらり、と視界が歪んだ。自分を中心に急速に世界が廻り始める。
「な・・・んだっ」
平衡感覚が保てない。たまらず悟浄は地に膝を着いた。何とか霞む視界を確保しょうと、目を眇め首を振る。
「っきしょっ。・・・よく見えねえ・・・」
まだ敵は残っているはずだ。こんな所でもたついている場合では無いのに、身体が言う事を利いてくれない。
その悟浄の様子に最初に気付いたのは三蔵だった。
――― これが狙いか! ―――
あの奇妙なフォーメーションは、悟浄の為に組まれた物だったのだ。
「嘗めたまねしてくれるじゃねーか」
悟浄の周りの敵を、可能な限りの連射で一掃していく。
「八戒っ!」
三蔵は、自分の拳銃よりも射程の広い八戒にフォローを頼み、膝をついている悟浄の傍に駆け寄る。
「悟浄っ!」
名を呼ばれ顔を上げると、駆け寄って来る三蔵が霞んで見える。
「三蔵・・・」
この無様な格好を晒すのを何とかしたくて、悟浄は無理に立ち上がって見せた。その時、悟浄の背後の虫の息だった妖怪がモソリと蠢いた。
「これで・・・みんな終りだぁ、ひゃーっははははははは・・・」
妖怪が、狂ったように笑い出す。手にした何かから、ピンを引き抜く。
「・・・っ、三蔵来んなっっ!!」
ドン。
感光と爆風、地を揺るがす鈍い衝撃。血と肉片を撒き散らしながら妖怪は自爆した。せめて悟浄を道連れにと思ったのだろう。
舞い上がる砂塵に視界を遮られ、悟浄を確認する事が出来ず三蔵が臍を噛む。ようやく開けたこの視線の先に、倒れている彼を見つけた。
「悟浄っっ!」
爆風に吹き飛ばされ、倒れている悟浄に駆け寄る。
「っう・・・生きて・・るよ・・・」
爆風を避ける為、咄嗟に身体を伏せたのだろう。
けれど三蔵の声に答えを返すものの、小石や砂、妖怪の血をその身に浴びた為に、全身傷と血に塗れていた。
ただ、特に大きい背中の傷も見た目ほど酷いものではない、これくらいならば八戒が何とか出来る筈だ。無事とは言いがたいが生きている悟浄に三蔵は胸を撫で下ろした。
悟浄が起き上がろうとするのに、手を貸そうとした三蔵の表情が曇る。身体が熱を持っている上に呼吸が浅く荒い。
――― こんな小さな傷で、発熱するか? ―――
朝は何でもなかった。戦闘が始まってから直ぐは、変わり無かった様に思う。この戦闘中に悟浄はいきなり体調を崩した事になる。
「いつからだ」
端的に、問う。
「よく・・・わかんね・・・途中からっ」
ダルかった。そう言おうとしたのに言葉にならず、身体から力が抜けて自分を支えていた三蔵の腕に縋る。
「じっとしていろ」
その声が優しくて、悟浄は素直に目を閉じた。
「三蔵っ!悟浄は無事ですか」
敵を一掃した八戒が、三蔵の元へ駆け寄る。眼にした悟浄の状況と、その傍らで考え込んでいる三蔵の様子にその表情を曇らせた。
「三蔵?」
「熱がある。後は頼む」
「熱・・・ですか」
三蔵の答えに、やはり八戒も眉を寄せ、怪訝そうな顔をした。
悟浄の身体を八戒に預けると三蔵は、無言で周りに気を廻らせる。この襲撃事態が何かの為のトラップなのだ。
そしてそれは、おそらく悟浄の為に用意されていたモノ。ならば黒幕は勝ち名乗りを上げに自分達の前に姿を現すはずだ。
「三蔵っ!悟浄はっ?」
最後の一人まで片付けた悟空が、鋭利な空気を纏った三蔵に声を掛ける。
「八戒が見てる、少し黙ってろ」
小さな気の流れでも逃すまいと、五感を研ぎ澄ます。
一羽のカラスが三蔵をめがけて飛んで来た。その鋭いくちばしが彼を狙っている事は一目瞭然だった。三蔵は迷うことなく銃口を落下する勢いで迫ってくる烏に向け、引き金を引いた。
ガウン。
銃の発砲音。烏が声も上げずに落下し、地面につく直前に鋭い閃光を放ち、三蔵たちの視界を奪う。
眼くらましのその後に、彼らの前に一人の妖怪が姿を現した。
「初めまして、三蔵法師一行。僕の歓迎の宴は気に入って貰えた?」
年は悟空をそう変わらないくらいで、長い黒髪を後ろで束ねたその容姿は、大人しそうな少年に見えた。が、白い額に妖怪の印で在る文様が刻まれ、瞳には血を好む禍々しさが浮かんでいた。
三蔵は銃の照準を妖怪に合わせ、いらつく気持ちを抑えてこの状況を作った妖怪に問いかける。
「嘗めたまねしてくれたじゃねえか。貴様、悟浄に何をした」
「別に、大した事じゃないよ」
自分に銃口を向ける三蔵に、彼はさも楽しそうに答えを返す。
「そんな事より、知ってる?禁忌の子が大人になるなんて奇跡に近いんだよ・・・」
その言葉に三蔵は躊躇うことなく引き金を引いた。
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