WAKE UP!(9)
(ここは‥‥何処だ?) 真っ暗な闇。一筋の光も無い。方向さえ存在せず、どちらが上なのかすら分からない。ただ、暗闇の中で浮遊している自分。 同調に、失敗したのか‥‥? 三蔵が内心焦りを覚えた時、目の前にそれは現れた。 「お師匠様‥‥?」 紛れも無く、自分の大切な、誰よりも守りたかった人が目前に立っている。自分を見つめる、相変わらずの優しい笑顔。 「立派になりましたね、江流」 優しく頭を撫でてくれる。ああ、お師匠様だ。この優しい手も、暖かな腕も。 「さあ、行きましょう、江流。これからは、ずっと一緒ですよ」 お師匠様と、ずっと一緒に、穏やかに――何もかも忘れて。 ナニモカモ、ワスレテ―――
駄目だ!
三蔵は、流されそうになる自分を叱責した。引きずられてはいけない。これは夢なのだ。取り込まれたら、戻れなくなる。 「お師匠様、貴方とここにいるわけにはいきません。大事な奴が待ってるんです」 師匠の腕から体を離そうとするが、腕に込められた力はますます強くなっていく。ぎりぎりと、体を締め付けられた。 突然漂う腐敗臭に、三蔵が思わず目を向けると、腐りただれた光明三蔵の顔があった。
「貴方がもう少し強ければ、私は死なずにすんだのに!」
その言葉に、動けなくなった。 あの日の出来事が、頭の中で何度も再生される。守れなかった事への後悔が、三蔵の心を覆い尽くす。 (俺が、弱かったからお師匠様は死んだ‥‥) 完全に思考の淵に沈みこんだ三蔵の体に、血まみれの光明三蔵の腕が絡みついてくる。だが、三蔵にはその手を振り払う気力はもう無かった。 (このまま、俺はここに‥‥この血の海が俺には似合ってる‥。ああ、赤いな‥だが‥‥この赤は違う‥‥?‥‥何の赤と‥‥比べてるんだ‥‥俺は‥‥?) 突然、脳裏に浮かぶ一人の男の姿。それが自分にとってどういう存在かを認識した瞬間、三蔵の体から、黄金に輝く光がほとばしった。
これはお師匠様なんかじゃない。自分が生み出したただの幻影だ。
光がおさまった時には、光明三蔵の幻影も、消え去っていた。
―――――代わりに、膝を抱えてうずくまる悟浄が、そこにいた。
やっと、見付けた。 三蔵が駆け寄り、声を掛けようとした時、不意に背後から声がした。 『お前を愛する奴なんて何処にもいやしねえよ』 咄嗟に振り向くと、三蔵自身が立っている。 『お前なんざ、俺が本気で相手するとでも思ったのか?』 言葉の度に、自分が増えていく。三蔵はこみ上げる吐き気をぐっとこらえた。あっという間に、周りを囲まれる。悟浄を見ると、全く反応していない。焦点の定まらない目が、うつろに宙を見つめていた。 三蔵は湧き上がる怒りを抑えることが出来なかった。こんな目に、合わされていたのか。予想はしていたが、実際目の当たりにしてみると、想像以上の悟浄の悲しみを感じる。 「悟浄、目を覚ませ」 もしかしたら、この言葉も奴にはこのまま届いてはいないのかも知れない。だが、呼びかけない訳にはいかない。何とかして、ここから連れて帰らなくては。 「悟浄!悟浄!」 何の反応も無い。今の悟浄はまるで、魂の抜け殻のようだった。三蔵の目の前にいる悟浄は、この意識の核と言うべき存在だ。それが完全に壊れてしまっているのなら、もう悟浄を目覚めさせる手立ては無い。 三蔵は悟浄の背後に座り、体ごと抱き込んでやった。 「もう、遅いのか‥?お前には、もう俺の声は届かないのか?」 周囲の騒音で自分の声でさえうまく聞こえない。だが三蔵は、敢えて低く抑えた声で、悟浄に語りかけた。聞こえるはずの無いその声に、悟浄の瞳が揺らめいた事にも気付かずに。 「一緒に、いてやるよ悟浄‥‥最期まで」 ここに入ってからどれくらいの時間が経ったのだろう。八戒と悟空があの小銃を使うか、そのまま眠ったまま生き永らえさせるか。 悟浄の瞳に生気が戻りつつあることに気付かない三蔵は、目の前にある首筋に顔をうずめ、呟いた。
「‥‥愛している」
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言わせてしまいました……。この言葉に関するご意見は種々あろうかと思いますが……。
光明三蔵様、初めて出ていただいたのに腐らせてしまいました。
すみません、お師匠様。