WAKE UP!(10)

『‥‥愛している』

 

 

その時、腕の中の悟浄が、ピク、と動いたかと思うと、一瞬にしてまわりを取り囲んでいた三蔵の幻影たちが掻き消えた。

「‥‥悟浄?」
「あ‥‥さ‥んぞ?」
「分かるのか?俺が」

悟浄は、返事の代わりに頭を三蔵の胸に押しつけた。

「良かった‥‥本物の三蔵だ‥‥‥。なんか、違う声がしたから‥‥」

いい加減、鬱陶しいから聞かないようにしていたのだと、少しぎこちなく笑う悟浄を、三蔵は黙って抱きしめた。
気を失う前にも、悟浄は笑った。
悟浄が本当に辛い時に見せるその笑顔を、三蔵は見たくは無かった。

「‥‥話は後だ。ここから出るぞ」
「あー、出れんの?俺最初は出口探そうとしたんだけど、あいつらに邪魔されてさ」
「出口そのものは存在しない。ここはまだ栄泉の術界だ。術を破らなければ、ここからは出られない。お前、俺に同調できるか」
「同調?」
「意識をシンクロさせるんだ。今は俺がお前に同調している。今度はお前が俺に同調するんだ」
「‥‥んなこと、いきなり言われても」
「大丈夫だ。俺がお前の意識を受け止める。お前は俺の呼吸に合わせて、意識を集中していけばいい。出来なければ、永遠に俺たちはこの中だ」

ここは悟浄の意識の中だが、栄泉の術がかかっている。例え悟浄が自分を取り戻しても、放っておいて自然に目覚めるという類のものではない。

「――了解。やるしかないワケね」

悟浄は目を閉じた。三蔵の気配が、自分を包み込む。三蔵の唱える真言が、耳に心地よい。それに意識を集中しながら、悟浄は温かな光が周りを満たしていくのを感じていた。

 

 

 

部屋で待つ八戒と悟空には、時間が随分長く感じられていた。

渡された小銃を使うつもりなど毛頭ないが、もし、このまま二人が目覚めなかったら――。あの二人の性格からして、眠ったまま生かされる状態を望むとは思えない。
二人は、浮かべてしまった最悪の事態を頭から追い出そうと、ただ祈っていた。

 

長いのか短いのか、二人の時間の感覚がすっかり麻痺してしまった頃。

「う‥‥」

小さな声をあげて、三蔵がゆっくりと体を起こした。

「三蔵!戻れたんですね!」
「悟浄!悟浄は?」

八戒と悟空が駆け寄ってくる。三蔵は、その答えを口にする必要は無かった。
悟浄は目を開いて、皆を見上げていた。

 

 

「良かったー悟浄!俺、すっげー心配したんだかんな!」
「本当ですよ、寿命が縮まりましたよ、まったく」

口々に声をかける二人に、悟浄はうっすらと微笑む。どうやら、ちゃんと聞こえているらしい。
だが、三蔵は声をかけるのをためらっていた。術は破ったはずだ。だが万一、術が完全に解けていなかったら?自分の言葉が、悟浄を再び傷つけてしまったら?
そう思うと、言葉が出てこない。

悟浄を見つめたまま固まっている三蔵に、悟浄が片目を瞑った。

「さんきゅ‥な、三蔵。迎えに来てくれて」

黙っているわけにもいかず、三蔵は意を決して、話し掛ける。

「悟浄‥‥ちゃんと聞こえてるのか?俺の‥‥」
「ちゃんと、聞こえてるよ、三蔵様」

オウム返しに答えるその姿に安心したのか、八戒と悟空は目配せしあい、部屋を出ていった。

それでもまだ心配が抜けきれないのか、三蔵が問い掛ける。

「さっき、俺が言った事も‥‥聞こえてたのか?」
「え?だから出られたんじゃん?同調ってのは意識をシンクロすることで、それから‥」
「‥‥わかった、もういい‥」
「ウソウソ、冗談ですって」

そんな三蔵の様子に苦笑しながら、悟浄は三蔵に向かって両手を伸ばしてきた。覆い被さるようにして抱きしめる。随分久しぶりに、こうしているような気がしていた。

悟浄は三蔵の首に廻した腕に力を込めて、耳元で囁いた。
 

 

「俺も、愛してる」
 

 

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