WAKE UP!(5)

翌朝、悟浄は再び跳ね起きた。寝室の中には他の三人の姿は無い。もう起きているのだろう、隣の部屋で話し声がする。
自分の醜態を誰にも知られなかったことに、悟浄はほっと安堵の息をついた。

また、夢を見た。夜中に見たのと同じ夢。三蔵が血まみれで自分に告げる――彼の口からは絶対に聞きたくない言葉を。

夢とわかっているのに、未だに指先の震えが止まらない。

(俺ってこんな情けない奴だったっけ)
もし、実際に三蔵にこんなことを言われたら、自分はどうなってしまうのか。
想像したくもない恐ろしい考えを、悟浄は必死で頭の中から追い出した。
 

 

 

「うい〜っす」
悟浄が隣の部屋のドアを開けると、三人が朝食を済ませたところだった。

「おっせーよ、悟浄。お前の分、食っちまうとこだったぞ!」
「早かろうと遅かろうとオマエは食うくせに‥‥ま、いいけど。食えよ、俺朝飯パス」
「どうしたんです?どこか具合でも?」

心配げな八戒の声。悟空もせっかく許可が下りたというのに悟浄の皿には手を伸ばさない。三蔵は新聞から目を離さないが、意識をこちらに向けていることが気配でわかる。

―――結構、嬉しいもんだな

こんな風に、人に心配されたことなんか今まで無くて。妙にくすぐったくて、居心地が良くて。昨晩から見続けたあの不快な夢も、この現実の前では何の意味も成さない。
何でもねぇよ、と悟浄は手を振ったが、緑の瞳に宿る心配げな光はそのままだ。

「じゃあ、今日の作業は僕と悟空でやっておきますから‥‥悟浄は部屋で休んでて下さい」
「え?何よ?今日の作業って」

聞けば今日は本堂の屋根の修理を頼まれているとか。それぐらい自分たちでやっとけ!と全員(聞いた瞬間悟浄もそう思った)心の中でツッコミを入れていたが、やはり老僧の、「拙僧どもは非力で‥‥」のフレーズには逆らえない。
「んじゃ、俺も行くわ。一人でも多い方が早く終わるっしょ」
そう言って、立ち上がりかけた悟浄の耳に三蔵の言葉が届いた。

 

「お前なんか、永遠にどっか行っちまえ」

 

瞬間、体が凍る。

「‥‥今、何て、言った?三蔵‥‥?」
声が、震えた。

「耳までおかしくなったのか、クソ河童。『お前はここでじっとしてろ』つったんだよ」
「あ、ああ‥‥聞き間違いか、びっくりした‥」

安堵のため息をつき、訝しげな視線を向ける三人を、悟浄は適当にごまかした。

「やっぱ、お言葉に甘えてサボらせて貰おうっと」
そう言うと、椅子に座りなおし、煙草を口にする。心臓はまだバクバク状態だ。
悟浄はそれを気取られないように、何気ない振りをして三蔵に話し掛けた。

「三蔵様は?今日のお勤めは?」
「‥‥特別予定は無い」

嘘だった。今朝も悟浄が起き出す前に、坊主たちにつき合わされ、今日のスケジュールを突きつけられた。だが、全て拒否した。今日は自分が悟浄の側にいる為に。
悟浄が知れば、煩い事この上ないので、後の二人にも口止めしている。

何かが、おかしい。―――三蔵は悟浄の様子に違和感を覚えていた。

 

 

三蔵は、夜中の出来事を思い出していた。何か声が聞こえたよう気がして目を覚ますと、悟浄が切れ切れに自分の名を呼んでいる。
(俺の夢を見ているのか?)
まんざら、悪い気はしない。だが、近くへ寄ってみて、そんな気持ちは吹き飛んだ。

苦しそうな、その表情。

(俺の夢を見て、魘されてやがるのか?)
むかっ腹が立ち、たたき起こそうとした瞬間、悟浄は跳ね起きた。側に自分がいるのも気付かない様子で、呆然としている。余程、衝撃的な夢だったらしい。
その時、夢の内容を尋ねたのだが、トボケられたのだ。

三蔵は、この時その夢の内容について深く追求しなかった事を、後で心の底から悔やむ事になるとは、まだ気付いていなかった。
 

 

ふと、目を上げると、寝が足りていないのか、椅子に腰掛けたままの不自然な体勢で、悟浄がこくりこくりと船を漕いでいる。
「おい、そんな所で寝てんじゃねぇよ。眠いんなら、寝室に―――」
言いかけて、言葉を呑んだ。悟浄の様子がおかしい。

「さ‥‥ん‥ぞう‥‥さん‥‥ぞ‥‥」

夜中の時と同じだ。自分の名を呼びながら、魘されている。
あまりに苦しそうなその様子に堪らなくなって、三蔵は悟浄を揺さぶった。
「おい!起きろ悟浄!おい!起きろってんだ!」
一向に目覚めない悟浄に苛立ち、もう一度三蔵が声を荒げようとした時。

悟浄が、目を開けた。

 

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