WAKE UP!(4)

八戒と悟空は別室で、運び込んだ荷物と格闘していた。なかなか置き場所が定まらず、ああでもないこうでもないと悩む僧侶につき合わされていたのだ。

ふと、八戒が手を止めた。そういえば、悟浄がいない。別の部屋に荷物を運んでいったきりだ。目を離すなと、あれほど三蔵に言われていたのに。思わず荷物を放り出して部屋を飛び出す。

すると、ちょうど向かいの部屋から、悟浄が出てきたところだった。

「悟浄!」

「おう、そっち済んだか?」
「そんなことより、大丈夫だったんですか?悟浄」
「あ?何言ってんの?荷物整理してただけじゃんかよ。あ〜肩凝った。結構人遣い荒いよな、ここの坊さん」

「‥‥悟浄、なんか臭い」
突然悟空が、くんくんと悟浄に鼻先を近づけた。
「ああ?何だとコラ!風呂に入ってねー日数はてめぇも同じだろうが!」
「そうじゃなくって、なんか甘たるい‥‥とにかく変な匂いがする」
「そうかぁ?ま、古いもんさわったからなあ。その匂いが移ったんじゃねぇの?とにかく、部屋に戻ろうや。もー、くたくたよ、俺」
「俺も!腹減ったー!」

言ったそばから、二人の足はもう部屋へと向かっている。
どうぞもうお部屋でお休みください、そう告げる僧侶に軽く頭を下げると、八戒は悟浄と悟空の後に続いた。
 

 

三蔵が戻って来たのは、三人が夕食を済ませた後だった。夕食まで坊主連中に付き合わされた三蔵に、同情半分、からかい半分の視線が三方から寄せられた。

「何か変わったことは無かったか?」

八戒に問う三蔵の肩を、悟浄はポン、と軽く叩いた。
「もー、三蔵様ったら心配性〜。ハゲるぜ、そのうち」
「てめぇにゃ聞いてねぇ。触んな、うぜぇ」

いつもと同じ軽口。いつもと同じ行動。そして返されるいつもと同じ反応。だが、三蔵の言葉を聞いた悟浄は、ビクッと手を引っ込めた。まるで、叱られた子供のように。

「どうした?」
「え?あ、いや、何でもねぇよ」

悟浄自身、何故自分がそんな反応を示したのか、分からない。
ただ、三蔵の「触るな」という言葉が、胸に突き刺さったような、激しい痛みをもたらしていた。

「疲れてるんでしょう‥‥今日は早く休みましょう」
八戒の言葉に、悟浄はただ、頷いた。
 

 

 

(ここは‥‥)

気が付けば、自分は家の前に立っていた。子供の頃、住んでいた家。自然と足がすくむ。
中から聞こえる、狂ったような女の喚き声。それが急に止んだかと思うと、どさりと何かが倒れる音。
我を忘れて、家に飛び込む。
そこに倒れる、血まみれの女。駆け寄って抱き起こす。そこにいるはずの兄と幼い自分の姿は何処にも無かったが、その矛盾に気付く余裕は、今の悟浄には無い。

どうして、どうしてこんなことに――俺はただ、母さんに愛してもらいたかっただけなのに。

 

『お前を愛する奴なんて何処にもいやしねえよ』

 

「三蔵!?」

 

いつの間にか、腕の中にいたのは三蔵だった。血まみれの顔に、今まで見たことの無いような冷たい目が光っていた。
目を見開いたまま動けない悟浄の耳に、三蔵の言葉が流れ込んでくる。

『お前なんざ―――――――』
 

 

がばっ、と悟浄は跳ね起きた。 

(夢?)

荒い呼吸のまま、汗も拭わずにシーツを握り締める。不意に肩に触れられて、心臓が跳ね上がった。人がいたことにも気付かない程、気が動転していたということか。
眉根を寄せて自分を見ている三蔵に、どうやら自分が魘されていたらしいことを知る。

「悪ぃ、起こしちまったんだ」
「そんなことはいい‥‥それより、どんな夢を見た?」

珍しく、突っ込んだ事を聞いてくる。いつもなら、人の夢の内容なんかに興味を持つ奴じゃないのに。
「どんなって、え、えと‥‥‥あ?あれ?忘れちゃった」
「‥‥馬鹿丸出しだな」

本当は、鮮明に覚えている。三蔵の冷たい表情。その口から発せられた言葉も全て。
それなりに自身の中ではふっ切ったつもりだったが、やはりあの山中での出来事が、自分を情緒不安定にしているのかもしれない。しかし、所詮は夢だ。

言うはずが無い、三蔵が、あんなこと。

無理矢理に顔を作って、悟浄は三蔵に笑ってみせた。
 

 

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