WAKE UP!(3)

 三蔵が読経とかのために部屋を出て行った後、八戒、悟浄、悟空の三人もまた、他の僧侶に連れ出されていた。寺の敷地の隅にある蔵の中の物を整理したいので手伝って貰えないかと頼まれたのだ。
どうやらタダ飯を食わす気は無いらしい。

「なにぶんにも拙僧どもは非力でございまして‥‥どうぞお力をお貸し下さいませぬか」
老僧に手をあわされては――なにしろこちらは泊めて貰っている身だ――無下に断ることもできず、三人は揃って蔵に入ったというわけである。
三蔵に、悟浄から目を離すなと言われているが、三人一緒であれば問題無いだろう、と八戒は判断した。

「それは、こちらに‥‥。あ、それは、向こうにお願いいたします」
僧侶たちの指示通りに、中の荷物を並べ替えていく。そこには、古臭そうな巻物や、高いのか安いのかさっぱり分からない茶器や花器の類、ありがたくないのかこんな処で埃を被っている仏像など、ありとあらゆるガラクタ―――三人にはそう見える―――が所狭しと放置されていた。片付けても片付けても一向に減らない荷物に、三人はげんなりした。
永遠に続くのではないかと心配になってきたその時。
「では最後に、この箱を向こうの部屋に運んで頂いてもよろしいでしょうか?」
三人は、喜んで同意した。
 

 

「此処に置いたんでイイの?」
悟浄が言いながら、荷物を下ろす。やれやれ、と肩をまわした。
「ええ、結構です。お疲れ様でした」
今まで案内をしていた僧とは、違う声。振り返ると、そこに立っていたのは栄泉だった。

ガチャン、と扉のかんぬきが下ろされる音が響く。

「あのような真似は、慎んで頂きたい」
三蔵の時と同じように、だがその目には三蔵の時とは全く違う冷たい光を宿して、栄泉は告げた。
「あー、あれ。やっぱオタクが見てたんだ。やっぱ、まずいよな、寺ん中で。悪かった、ごめんなさい」
あの時に動いた人影は、やはり栄泉だったのか。大体見当がついていたので、悟浄は別に驚かなかった。
「神聖な境内もさることながら‥‥私が申し上げたいのは、二度と三蔵様とあのような行為はするな、という事です」
 

 

(きたか‥‥)
  

三蔵とのスキンシップを見られた時から、覚悟はしていた。黙って見逃してはくれないということも、予測できたことだ。
「あのお方がどのような立場の方かご存知でしょう。貴方のような下賎の者がおいそれと近づける方ではないのですよ」
 

(下賎の者、‥‥ね)
 

「自分の存在が、三蔵様のお立場をどれだけ悪くするか、考えたことはないのですか?」
何もかも、予想された言葉。考えなかった訳が無い。三蔵とこういう関係になる時に、散々悩んで、最後まで一歩を踏み出すのに迷った部分。
 

だが、そんな自分の背中を押してくれたのは、三蔵だった。
 

「‥‥悪ぃんだけど、それは俺と三蔵の問題でしょ?」
他の誰が何を言おうと、共に生きると誓った。その決意は、今も変わらない。
「好意を持つ相手が自分の所為で苦しむ事になってもいい、と仰る?大した恋人ですね」
「どう思われてもいいけどさ、昨日今日会ったばかりのアンタにどうこう言われたぐらいで離れるくらいなら、最初っから近づいてねーんだわ、俺たち」
わざと「俺たち」の部分に力を入れて言った。

「成る程‥‥では、三蔵様のお言葉なら、聞いていただけるのですね?」
「え?」
その瞬間、何か甘い香りに包まれたのを感じた。体が、痺れて動かない。

(しまった‥‥!)

「やはり禁忌の子供は災いをもたらす‥‥。生まれてすぐに処分すべき存在のくせに、三蔵様に手を出すとは恥知らずにも程がありますね」
「処分‥‥?まさか、てめぇがあの塚を!?」
「ああ、ご覧になったのですか‥‥。正確には、私の祖父と叔父ですが。私の一族は代々その代で一番法術の素質があるものがこの寺に入ることになっているのですよ」
「禁忌の子供を殺すためにか」
低く押し殺した悟浄の声が、かすかに震えていた。
「殺すだなんてとんでもない。ただ、汚れたものを浄化しているだけです。祖父の生まれた町では、禁忌の子供が生まれた年、ひどい流行病で大勢の人が亡くなったそうです‥‥祖父の両親、兄弟も皆亡くなりました。祖父は、禁忌の子供がもたらす厄災を未然に防ぐために、浄化の道を選んだのです。そして、私もその意志を継いだ」

悟浄は、怒りで気が狂いそうだった。そんな昔の言いがかりのために、あの子供たちは死んだのか。あんな殺され方をしなければならなかったのか。

ぎりぎりと噛んだ唇からは血が滲んでいる。その痛みだけが、ともすれば遠くに攫われそうな意識を保ってくれていた。
「最近は禁忌の子供自体が生まれなくなって、正直、残念に思ってたんですよ。せっかく身に付けた術を使う機会が無くってね。―――でも良かった、貴方が来てくれて」

ぞわり、と総毛立った。

「安心なさい、殺したりはしません。御仏のお教えに背くことになりますからね。ちょっとした罰を受けていただくだけです‥‥三蔵様に触れた罰をね。だがこれで、三蔵様も目を覚まされる――本当に素晴らしいお方だ。威厳、気品、美しさ――どれをとっても、まさに最高僧にふさわしい。貴方さえいなければ、あの方には輝かしい未来が待っている」
 

 

―――狂っている。

 

悟浄は次第にぼやけていく思考の中で、それだけははっきり認識できた。
仏への信仰心と、三蔵への憧憬と、そして禁忌の子供への憎しみが相まって、コイツを狂気に駆り立てている。どこか恍惚とした表情の栄泉に、背筋が凍る思いがした。

 

「いい夢を見させてあげられそうですね」

 

(三蔵‥‥‥)

 

栄泉の言葉を、悟浄は遠くで聞いていた。
 

 

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