WAKE UP!(2)

少しして、三蔵は総代に呼び出された。
ぶつくさと言ってはいたが、一応世話になっている身だ、顔ぐらい出しておかなければマズい。今頃、説法でもせがまれて、苦虫を潰したような顔をしてるんだろう、と悟浄は想像し、喉の奥で笑った。

さすがに部屋の中で煙草を吸うのは気が引けて、悟浄は後の二人の目を盗んで人目に付かない裏庭の隅に出てきた。
いつもなら、何処で吸うのだって遠慮はしないが、自分の行動が三蔵にどんな迷惑をかけるか想像できないこの地では、なるべく問題の種は蒔きたく無い。

物入れに腰掛け、煙を吐き出しながら、考えを巡らせる。

この村に入って感じたのは、敵意でこそなかったが。
その感情を向けられるのに慣れた自分だけは、はっきりと感じ取ることが出来た。
幼い頃から敵意と共に向けられ続けた感情。恐怖と呼べばいいのだろうか。村人は誰も、自分に目を合わせようとしなかった。あの骨で埋もれた塚は、この村のものに違いない。

禁忌への恐怖が、この地の人々には今も存在するのだ。山中にあり、外界と遮断されたこの村では、一度芽生えた感情が代々受け継がれていくのも無理は無い。
村人たちの三蔵への畏敬の念に隠されて、それに他の連中が気付かなかったのがせめてもの救いだった。

(追い出されなかっただけ、上等かね)

一人で物思いに耽りながら煙草を燻らせていると、よく知った気配が近づいてきた。
「あ、用事終わったの?」
顔も向けずに問い掛ければ、煙草を奪われ、いきなり壁に押し付けられた。事実を認識するより早く、唇を塞がれる。

「ちょ‥‥三蔵‥」
逃れようと体をよじるが、すぐに押さえ付けられさらに深く口付けられる。最初から舌を絡ませられて、呼吸が出来ない。
「ん‥っく‥ん‥‥んん‥‥」
くぐもった声と舌の絡まるぴちゃぴちゃという水音が、やけに大きく悟浄の耳に届いた。この音が全て自分から発せられていると思うと、羞恥で顔が赤くなる。
必死で、三蔵の体を押しのけようとするが、細い体のどこにそんな力があるのかびくとも動かない。もっとも、悟浄が本気になれば、人間の腕など撥ね退けることは簡単なのだが。
抵抗を示されたことが気に入らなかったのか、悟浄の口内を犯し続ける舌の動きはますます激しくなっていく。何度も角度を変えて与えられる口付けに、悟浄の意識は朦朧となった。
やっと唇を開放しても、三蔵は押さえ付けている手を緩めず、そのまま離れたはずの唇を、悟浄の首筋に寄せた。敏感な所を舐め上げる。
さすがに、悟浄は流されかけた意識を無理矢理引き戻した。

「コ‥コラコラコラ!‥‥これ以上はヤバいって!寺ん中だぞ!ここ!」
「それがどうした」
「どうしたって‥‥お前それでも坊主かよ!」
「煩せぇ、黙れ」

抗議を一蹴された悟浄が、なおも言い募ろうとした時。首筋で動いていた三蔵の唇が耳元に這わされ、低い声で囁かれた。
「一人で出歩くんじゃねーよ。これから此処を出るまでは、俺の側を離れるな」
悟浄は思わず苦笑した。
「またそんな‥‥無茶言うなよ。三蔵様が来てるのに、寺の連中がお前を放っておくわけねーだろーが」
「そんなこと、知ったことか」

「三蔵」

悟浄の声が、真剣に三蔵を咎めるものに変わった。
基本的に悟浄は、三蔵が自分の立場をどう思おうが、どう振舞おうが、特段の関心は無い。三蔵の好きにすればいいと思っている。だが、その行動の原因が自分にあるとなれば話は別だ。

悟浄は、自分の為に三蔵が行動を制限することを極端に嫌う。真剣な瞳に真っ直ぐ見据えられて、三蔵は内心舌打ちをした。
「‥‥分かった。ただし、八戒でも悟空でも‥‥とにかく一緒にいろ。絶対一人にはなるな」

「‥‥‥‥」
頷く代わりに何か言いた気に見つめられて、三蔵の眉間に皺が寄る。
「何か文句でもあるのか」
「‥‥お前ってさあ、いや、悟空とか見てると時々思ってはいたんだけどさ」
「何が言いたい」

拘束の緩んだ手をゆっくりと外し、悟浄は三蔵の首に腕を廻した。三蔵に心配を掛けているのが分かるから、少しぐらいサービスしてやらないと後が怖い。
「もし、父親になったら、意外と過保護になるタイプじゃねーの?」
「誰がガキなんぞ作るか。ただでさえ手のかかるのが二人もいるんだ」
「‥‥一人は猿だよな?もう一人は‥‥」
「聞きたいか?」
「イエ、結構です‥‥」

そのまま、再び降りてくる三蔵の唇を受けるために目を閉じる。その瞬間、遠くの木の陰で、誰かが動いたような気がした。
 

 

 

「困ります、神聖な境内であのようなことをされましては」

夕食前の読経に参加するため、三蔵は内心かなり嫌々ながら先を行く栄泉について歩いていたのだが。何の前振りも無く、突然本題に入られた。
何の事を言われているのかなどと、聞き返す必要も無い。先程の、悟浄との口付け。
「ああ、済まなかったな。気を付ける」
全く済まないとは思っていない口調で、三蔵は心にも無い謝罪を口にした。

実は三蔵は、栄泉が近くにいたのを知っていた。だから敢えて悟浄に口付けた。
自分と情を交わした者であるということを知れば、悟浄に下手に手出しはしてこないだろうと踏んだのだ。
「失礼ながら、あの方とは違う香りがいたします‥‥煙草をお吸いになられるのですか?三蔵様ともあろうお方が、そのような御仏に背かれるお振舞いを‥‥」

(仏に背いてんのは、どっちだかな)

口には出さない呟き。目の前の僧があの塚の存在を知っているかどうかは不明だが、下手に刺激して開き直られると厄介だ。それこそ、悟浄に何をされるか分かった物ではない。

『過保護になるタイプじゃねぇの?』

不意に悟浄の言葉が蘇る。まったく、俺もヤキがまわったな、と三蔵は一人苦笑した。

 

「あの方の、影響なのですね?」
思考に耽っていた三蔵は、不覚にも栄泉の呟きに気が付かなかった。
 

 

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