WAKE UP!

WAKE UP!(1)

「この村では、泊まりませんよ。悟空と僕とで買出しだけしてきますから、三蔵と悟浄はここで待っていて下さい。いいですね?」
「ちょっと待てよ!何でそういう事になってんだ!」
「まだ日も高い。ここで無理に泊まる必要も無ぇだろ、とっとと先に進むんだよ」

――ここら辺りで一番険しい山を抜けてから二日。ようやく人里にたどり着いた。小さな寺院を中心にいくつかの集落の点在する、信仰の厚そうな山間の村。
だが八戒はそこには入らず、一番小さな集落、それもかなり離れた場所にジープを止めた。そして冒頭の科白。
 

理由は分かり切っている。数日前に山中で見付けた無残な処刑の跡。禁忌の子供を殺す風習が、この付近にはあるのだ。悟浄をこの村には近づけたくないと三人は思っていた。
だが、悟浄にしてみれば、自分の所為でせっかく疲れを癒せる場所を素通りさせる訳にはいかなかった。特に三蔵は人間だ。厳しい山越えが堪えていないはずがない。

「あー、だったらさ、お前らだけでも宿に泊まれば?俺、ここにいるからさ」

言った側から三人に睨まれて、悟浄は肩をすくめた。

「あのさあ、気ィ遣ってくれてんのは分かるんですけどね‥‥止めてくんない?寒いから」
「誰が貴様なんぞに気を遣うか」
「僕は別な意味で、貴方に気を使ってみたいですけどねぇ」
「悟浄丸コゲにしたって食えねーもん止めとけよ、八戒。それよか早く買出し行こーぜ。もう、俺腹減ったよぉ」

返って来るのは三人三様の答。なんとなく、くすぐったい気持ちになる――けれど。
村に入っても入らなくても、結局は迷惑をかけてしまうことになる。

(参ったね、こりゃ)

無駄とは思いつつ、もう一度皆を説得しようと悟浄が口を開きかけた、その時。

「この話はひとまずお預けにしましょう‥‥どうやら、お客さんのようですよ」
八戒の視線の先に目をやれば、土煙を上げながらこちらに向かって駈けてくる騎乗の僧の姿があった。
 

 

「玄奘三蔵法師様でいらっしゃいますね?」

馬から下りた僧侶は、まだ年若くはあったが、長年の修行を思わせる風格が漂っていた。
「お近くを通られる日を心待ちにしておりました。私はこの村の寺より三蔵様のお迎えに上がりました栄泉と申すものにございます。総代より、三蔵様のご案内をするよう申し付かって参りました」
「‥‥せっかくだが、先を急ぐ身でな。ここで物資の補給をしたらすぐに発つ予定だ。寺には立ち寄るつもりはない」
「そのような事を仰らず。お連れしなければ私が罰を受けねばなりません。山道でさぞお疲れにございましょう。疲れ切ったお体では、到底これからの山越えは無理と申すもの。是非わが寺にてお体をお休め下さい。もちろんお連れの皆様も歓迎いたします」

三蔵はいい加減うんざりしていた。こんな村になんざ、本当は買出しにでさえ寄りたくは無いのだ。
とっととこの坊主を追い払って‥‥と、全く最高僧にあるまじき考えを巡らせていると。

「‥‥それに、ここからの山越えは一本道ですが、途中に川がございまして‥‥橋が架かっていたのですが、先だっての大雨で流されてしまいました。現在村の者が急いで復旧作業をしておりますが、最低三日はかかります」

何だと‥‥?三蔵は頭を抱えたくなった。
ぽん、と誰かが三蔵の肩を叩く。悟浄だった。

「寺に行くしかないみたいね、三蔵様」
「るせぇ‥‥触るんじゃねぇ」

その様子を、栄泉はにこにこと眺めていた。
 

 

寺に入ると、総代たち寺の重鎮がこぞって出迎えていた。歓迎の式典などを用意していたらしいが、三蔵がそんなものに同意するわけもない。一行はとり合えず寺の一室に通された。
恐らくこの寺で一番よい部屋なのだろう、質素ながら調度品なども置いてある客室だった。

「寝室はこの奥にございますので。どうぞごゆっくりお寛ぎくださいますよう」
案内の小坊主はそう言ってにっこり微笑むと、ただいまお茶をお持ちいたします、と部屋を後にした。悟浄が早速荷物を寝室に置きに動く。

悟浄が部屋の奥へと消えていったのを確認して、八戒が口を開いた。
「‥‥大丈夫じゃないんですか?悟浄に特別敵意を向けている、というわけでもないようですし‥‥」
寺に入る途中で出会った村人にも――皆三蔵に手を合わせていたのだが――悟浄に対する害意は感じなかったようだ。

「あの札、かなり古かったんだろ?じゃあ、もう今はあんなことやってねーんじゃん?」
悟空は部屋に置かれてあった果物を早速ほおばっている。

「‥‥だと、いいがな‥‥」
三蔵は、さっき出会った村人たちの反応に、引っかかるものを感じていた。が、それが何かは分からない。
 
何故だか、胸騒ぎが収まらなかった。
 

 

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