WAKE UP!(11)

「よぉ」

悟浄は咥え煙草で栄泉の閉じ込められている鉄格子の前に立った。もう、吸う場所を遠慮するのは止めたらしい。
悟浄が目覚めたことを既に知らされていたのだろう、栄泉は特別驚きもしなかった。
「大した心臓ですね‥‥で、何しに来たんです?」

「俺は、ぜってー三蔵の側を離れねぇよって、報告。ま、イヤガラセかな」

「こんな目にあっても、まだ懲りないのですか?」

「そう、それよ。まったくひでぇ目に合わせてくれたよな。けどアンタが教えてくれたんだぜ?三蔵と別れる必要は無いってね」

悟浄は煙草を指に挟んで、ビッ、と栄泉を指差した。

「‥‥‥?」

「今までもさあ、色んな坊主連中に会ってきたけど、皆最初は眉を顰めるんだよな。あいつ、隠さないでしょ?酒も、煙草も‥‥‥俺の事も」

悟浄の言いたいことが見えない栄泉は、疑問の表情を変えない。

「わかんねぇ?アンタ、言ったよな、『俺の存在が三蔵の立場を悪くする』って。でも、実際はどうよ?立場が悪くなったか?アンタも、他の連中も、誰一人あいつを『三蔵にふさわしくない』とは言わなかった。口では咎めても、実際に三蔵の地位を奴から奪おうなんて、誰も考えなかった」

チガウ?、と悟浄は栄泉に向かって煙草の煙を吹きかける。

「三蔵の地位が絶対的なものだってのもあるかもしんねえけど‥‥皆、何のかんの言って、あいつに三蔵でいて欲しいと思うんだわ。実際不思議な話だよな、素行は最悪の生臭坊主のくせに、カリスマ性っつーのかねぇ。実はアンタも、結構好きだろ?三蔵のこと」

「‥‥‥‥」

「三蔵様ファンクラブの連中からすれば、俺が三蔵の側にいるのは、そりゃー許せない事だろうぜ?当然その不満は、俺の排除という方向で現れる。今回みたいにな。だったら何の問題もないでしょ。少なくとも直接三蔵には攻撃は無いんだから」

キッパリと言い切って、悟浄は屈託無く笑った。

問題無いと言うのか、目の前の紅い男は。自分が殺されそうな目に合っても、彼が無事なら、と笑っていられるのか。

「貴方に何かあったら、三蔵様が黙っていないでしょう。いくら三蔵様でも、取り返しのつかない行動をとられては庇いようが無い‥‥実際、私は殺されかけましたよ。それでも、枷にはなっていないと?」

「けど、殺さなかっただろ?あいつは優しいから、例え八戒と悟空が止めなくても、結局は殺さなかっただろうぜ。あ、誤解しないでね。優しいってのは、アンタにじゃないよ。俺が本気で嫌がる事は、しないから、あいつ。これでも結構、愛されてんのよ、俺」

一度言ってみたかったんだよねぇこの科白、といかにも楽しげに悟浄は言った。
 

「だから、アンタにゃ悪ィけど、三蔵とは別れません‥‥‥ざまあみろ」
悟浄はもう一度にっと笑うと、舌を出してみせた。
 

 

 

栄泉が自害した、という知らせを三蔵が聞いたのは、翌朝のことだった。
特別に何の感慨も湧かない。ただ、「そうか」とだけ答えておいた。

寺の坊主たちは、皆、あの塚との関わりを否定した。栄泉の一族が勝手に行なってきたことだと、皆口をそろえた。死んだ者に責任を被せて保身にはしる僧侶たち。要職についている者も、同じだった。

虫唾が走る。そう三蔵は思った。僧侶たちは、塚の供養を約束したが、怪しいものだ。
この地に残る禁忌への感情が消え去るには、気の遠くなるような長い年月が必要なのかもしれない。

だが、何も言うつもりはない。ここで自分が出来ることは、もう何も無いのだ。
 

 

 

三蔵の手元には、最期に栄泉が三蔵に宛てた手紙が届けられていた。そこには、自らの行動と寺は無関係である事、そして昨日悟浄が栄泉と交わした会話の内容が記されてあった。

昨日、悟浄が『栄泉と二人で話したい』と言い出した時には全員で止めたが、悟浄は頑として聞き入れなかった。やむなく離れたところで見ている事を、しぶしぶ承諾させられた。面会が終了した時も、何を話したかについては、口を閉ざしたままだったのだ。

 

「最後の嫌がらせです」と手紙には綴られていた。
確かに、この内容では自分には知られたくないと思うだろう。どこが問題無いというのか、あの馬鹿は。
 

栄泉の手紙は、こう締められていた。
「一度くらいは本気で彼の嫌がる事をやっておかないと、尻にしかれますよ」

ふん、余計なお世話だ。

‥‥‥本当は、もう少しで奴の最も嫌がる事をするところだった。あの時、悟空の「悟浄が悲しむ」という言葉が無ければ、本気で栄泉を殺してしまったかもしれない。
悟浄をズタズタに傷つけたヤツを前に、三蔵の地位がどうとか悠長に考えられるはずなど無いのだ。だが、それを悟浄に知られる訳にはいかなかった。恐らくそっちの方が、奴を傷つけるはずだから。
もっとあいつが自分を大事にする事を覚えたら、いつかは笑って話せるのかもしれないが。
 

 

 

栄泉が何故死を選び、どういうつもりでこの手紙を自分に書いたのか、今となっては分からない。本当に悟浄に対する嫌がらせなのか、或いは悟浄との会話で何か感じるところがあったのか。

だが、どちらにしても、自分にはどうでもいい事だった。
悟浄を失わなかった――その安堵感が今の全てだ。
 

遠くで自分を呼ぶ声がする。出発の準備が出来たのだろう。

三蔵は、その手紙を細かくちぎると、風に乗せた。
 

そして、旅は続く。
  

 

「WAKE UP!」完

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