STAND UP!(3)

「何で、赤ん坊を殺す必要があるんだよ!?酷いじゃん!」

あの地下の封印の仕組みと、その目的について説明された八戒と悟空だったが、その余りの残酷さに悟空が三蔵に食って掛かった。
「三蔵に怒っても仕方ないですよ、悟空。それより、僕もその理由が知りたいですね。何かの生贄にされたんでしょうか?」
「俺も最初はそう思ったが‥‥あの地下の部屋には祭壇が無かった。それらしい道具も一切無い。悟浄も言っていただろう、何も無かったと。ただ単に、赤ん坊を殺すためと考えたほうが自然だな」

「そ‥んな‥‥」
「いや、術を掛けた本人――おそらく僧籍に身を置く者だろうが――そいつには殺したという自覚は無いだろう。自分の手を汚さず、わざわざ野犬に食い殺させるように仕向けたんだ。曲りなりにも、仏道は無殺生だからな。けっ、笑わせやがる」

「一体‥‥」
何故、と続けようとした八戒の言葉は三蔵によって遮られた。
「考えてもみろ。何故生まれたばかりの赤ん坊を捨てるでもなく、殺したのか。何故殺された赤ん坊が選ばれたのか。生まれた時から、他の赤ん坊と違う特徴でもあったのか」
そこで三蔵は言葉を切った。
「それって‥‥もしかして‥‥」
悟空の声が震えている。その言わんとしていることを察し、三蔵は一つ頷いた。

「あそこで殺されたのは‥‥‥恐らくは、禁忌の子供だ。護符の状態から見て、禁忌の子供が生まれる度に、同じことを繰り返しているんだろう」

重い沈黙が、落ちた。

 

「悟浄は、それを知ってるんでしょうか‥‥?」
八戒のすがる様な問いかけに、願望が見える。出来るなら、気付かずにいて欲しいのだ。それは、三蔵も同じではあったが。

「‥‥気付いてる、だろうな」

『俺は大丈夫だから』そう言った悟浄の言葉を思い出す。あれは、体のことを言ったのではない、と感じていた。 

「何で、なにも言わなかったんだろ‥‥悟浄」
「‥‥‥気を遣ったんだろうよ、あの馬鹿が‥」 

三蔵が何を言いたいのか、八戒にはわかった。恐らく、悟浄は三蔵の過去を気遣っている。殺された赤子を川に流された自分と重ね、傷付かないかと心配したのだ。それが自分と同じ禁忌の子供なら、なおさら三蔵を悲しませることになる。自分の痛みはさて置いても、他人の傷を気にする人なのだ。それが自分の大切な人ならば、尚更だろう。
何て優しい人なんだろう、何て悲しい人なんだろう―――
自分たちに背を向けて横たわる友人の姿に、八戒は胸を痛めた。

 

一方、物思いにふける八戒の隣で、三蔵はギリギリと唇を噛み締めていた。
いつも一人で何事も解決しようとする悟浄。今また、奴は一人で思い悩んでいる。
なのに、俺は何も出来ずに見守るだけなのか――――。
 

 

 

「俺、悟浄と遊んでくる」

「!?」
不意に発せられた悟空の言葉に、三蔵と八戒の思考は完全に停止した。
「‥‥何言い出すんだ、馬鹿猿が」
「そうですよ、悟空。今は一人にしてあげた方が‥‥それにせっかく休んでるのに」

「どーせ、眠ってなんかないって分かってるクセに。そうやって八戒は、悟浄に気を遣っちゃうし、三蔵じゃ、悟浄が気を遣っちゃうじゃんか。だから俺が遊ぶの。一人で考え込んでさあ、解決するような問題だったら放っとくけど、今度のは違うだろ?ぜってー考えたって仕方ないって!体動かしたら、少しは楽しくなるかもしれないじゃん?俺、悟浄には笑ってて欲しいもん!」

言うなり、悟浄の寝ている場所へと駆けて行く。そして思い切りジャンプしたかと思うと、悟浄の上に圧し掛かった。

『ぐえッ!!ってナニすんだこのチビ猿!痛ぇじゃねーか!どけ!重い!』『やーだね』『てめぇぇぇぇぇ!!』
すぐにぎゃあぎゃあと、いつもと同じように騒ぎ出す二人の声が静かな森に響き渡る。

 

 

「一本、取られましたね。三蔵」
「‥‥らしいな」
悟空の気持ちが伝わっているのだろう、本当に嬉しそうに、悟浄は笑っていた。
三蔵はそれを、少し複雑な想いで見守っていた。ちら、と八戒が横目で様子を伺ってくる。

「妙なこと言ったら‥‥殺すぞ」
何か言いたげな気配に気付いて脅しを掛けてみたが、八戒には通用しない。

「僕的には全然妙なことじゃないんですけど‥‥三蔵」
「言うな」
思わずクスクス笑ってしまい、睨まれた。
「はいはい、じゃあ黙っておきます。妬いてます?なんて、聞きませんよ」
「八戒‥‥」
 

 

一際大きい悟浄の笑い声が、辺りに響く。
本当に笑えるには、まだ時間が必要だとしても。
三蔵は、天を仰いだ。満天の星が煌めいている。
あの墓所にも、この光は届いているだろう。
せめてもと、光の射す場所を選んだ悟浄の優しさが愛しかった。

今、失われた小さな命たちが安らかな眠りについていることを、三蔵は信じた。
 

 

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