STAND UP!(2)

三蔵が離れて行くと同時に、悟浄は眼を開けていた。三蔵に心配をかけたくなくて、寝入ったふりをしたが、とても眠れる気分ではなかった。悟浄は目の前で燃える炎を眺めながら、今日の出来事を思い出していた。

 

   

――道を外れ、偶然見つけた人工的な洞窟の階段を下っていったのは、ほんの好奇心に過ぎなかった。日の差し込まない地下を、ライターの炎だけを頼りに進んでいく。

(なーんだコリャ、何の札だ?)

このまま進むのはヤバいかも、という気もしないではなかったが、特段部屋の中からも何の気配も無く、何より好奇心のほうが勝った結果、その部屋に足を踏み入れた。その途端、パキ、という乾いた音と共に、何かを踏んだ感触。枯れ木でもあるのか、と下を照らせば、そこには一面の野犬の死骸。

(うえ〜、気持ちわりぃ。何なんだここは。死骸捨て場かぁ?)
心の中で零しながらも部屋の奥へと進む。どこもかしこも、死骸だらけだ。

(あ〜もう止め止め。さっさと戻るとするかぁ)
部屋を占めるミイラたちに辟易し、部屋を出ようと踵を返した時、ライターの光が、一瞬犬ではない何かを捕らえたような気がした。

(‥‥何だ?)
確かめようと、近づいてみる。炎に照らされ浮かび上がる、犬のミイラに半分埋もれたそれは―――半分欠けてはいたが、間違いなく人間の赤ん坊の頭蓋骨だった。

それからのことは、よく覚えていない。ただ、死骸という死骸をひっくり返して、夢中で人間と思われる骨やらミイラやらを探しまくった。ライターの光は心元無く、手元を照らすのに充分ではなかったが、必死で部屋中を掘り返した。

結局、ガスが切れるまで床に這いつくばった結果、頭部が2体、あとは手足の一部がいくらかと、骨盤が1つ。その大きさから全て赤子のものだと知れる。どれも完全な形のものはなく、残された傷跡が噛み砕かれた事を示している。
犬たちがミイラ化しているのに対し、それはほとんど白骨化していた。おそらく、体中の肉という肉を食われてしまったのだろう。

 

骨を抱えて部屋を出ようとしたとき、それは起こった。体中に電気が走る感触。しかも、不快極まりない。思わず、後ずさる。
そして、思い出した。部屋の外に張られていた奇妙な札を。
入る時は、何でもなかったはずなのに。
 

その瞬間、全てを理解した。
 

 

これだけの犬の死骸が、部屋の外には一つも無い理由。
簡単だ、外に出れなかったのだ。
入ることは自由、出ることは許されないこの奇妙な封印のおかげで。
 

外に出したくなかったのは、自力では動けないはずの、赤ん坊。

中に入れたかったのは、獰猛極まりない、飢えた野犬。
  

 

―――何のために?
 

 

決まってる、殺すためだ。万に一つも、赤ん坊が生き残ることのないように。
 

 

 

怒りで、目の前が赤く染まる。
骨を抱きしめる腕に力が篭った。札は古いものだ。自分の妖力が勝れば、破ることは出来るはずだ。
眼を瞑り、集中する。自身の妖力を思い切り高めて入り口に叩きつける、と同時に外へと飛び出した。
少しふらついたが何とか無事に部屋から出られた。

骨を抱えたまましばらく歩いて、到着したのは木のない場所。さっき、野犬と戦いながら通ったところだ。その場所の真ん中に穴を掘る。最初は石を使っていたが、まどろっこしいので途中からは手で掘った。指先から血が流れていたが、痛みは感じなかった。

「今まで、暗いところに閉じ込められて、辛かったろ?せめて、明るいところに埋めてやるから‥‥許してくれな、全部見つけてやれなくて」
あの護符の貼られていた所には、他にも沢山の札の痕があった。犠牲になった赤ん坊は、少なくともその数はいたはずだ。

泣き出したい気持ちを抑えて、立ち上がる。仲間の元へ帰るために。
 

 

 

 

(三蔵‥‥は気付いてるだろうなぁ、きっと‥‥)

回想にふけっていた意識を引き戻し、悟浄は小さく息を吐き出した。
本当は、知られたくなかった。あの塚の存在自体を。三蔵には何が行われたかすぐバレてしまうだろうから。

三蔵は、生まれてすぐに川に流されたのだという。彼の両親にどんな事情があったのかは不明だが、生き残る確率のとても低いその行為を、三蔵が気にしているのを知っている。もし、赤ん坊を捨てるのに、生きる可能性の全くない方法をとっている輩がいることを知れば、彼はどんなに傷付くだろう。昔の傷が癒えない内に、そんな思いをさせたくはなかった。

しかし、実際は見つかってしまった。そして、恐らくは自分が秘密にしていることまで、見抜かれてしまっている。

(はあ。俺って駄目だねぇ‥‥)

また余計な心配をかけてしまった。強くなると誓ったのに。何があっても彼の隣で生きると約束したのに。時折、これでもかと思い知らされる、現実。
恐らく、次の街ではかなり迷惑をかけることになるはずだ。

(別行動しましょう、なんて言ったら怒るだろーなぁ)
眼を閉じれば、嫌でも浮かぶ先程の光景。
 

やっとの思いで見つけた小さな二つの頭蓋骨には、それぞれ僅かに、――本当に僅かだったが――自分と同じ、深紅の髪が残されていた。
  

 

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