STAND UP!(1)

その洞窟は、入り口からすぐ階段状に下へと降りていく構造になっていた。階段には石が敷き詰められ、明らかに人為的な建造物だということが知れる。
「火が要るな‥。悟空、そこいらで燃えそうな木、拾って来い」
うん、と走っていく姿を見送り、三蔵は煙草に火を付けた。

「で?此処には何がある?」

煙を吐き出しながら、問いかける。誰に対しての質問なのかは、明白だった。
「‥‥何にもねぇよ」
「‥‥」
無言で、睨み付ける。三蔵が怒っていることが八戒にも伝わってきた。

「ホントに何にもねぇんだよ!‥‥ただ、‥‥骨だけ、でさ‥‥」
「!じゃあ、さっきの赤ちゃんの骨っていうのは‥‥此処で?どうして、こんな処に‥?」
八戒の問いに答えるものはいなかった。皆、それぞれに黙り込む。沈黙が漂った。

ほどなく、悟空が戻って来た。火を灯し、松明を作る。

「入ってみれば、分かる事だ。行くぞ」
階段を降りていく三蔵の後姿を、悟浄はただ無表情に見送った。
 

 

しばらく進むと、何かの部屋の入り口らしき部分に到着した。部屋の入り口といっても扉も付いていない、ただアーチ状にくり抜いたという様だったが。

「此処からか‥‥」
入り口の両脇には、護符が貼られている。かなり古いものらしく、大分風化してしまっていた。しかし僅かながら、未だ術を発している。この微かな気配を三蔵は感じたのだ。よく見ればそこには何枚も重ねて貼られた痕があった。

「三蔵、何の札?それ」
悟空が問う。
「封印だ、相当古いものだが‥‥」
そこで言葉を切り、後ろに付いて来ていた悟浄に向き直る。
「お前、この中に入ったんだな?」
「ああ‥‥入ったよ」
「骨以外に、何も無かったのか?」
「‥‥他には、何も無かった、と思う」
「そうか」
そしてまた入り口に向き直ると、今度はしゃがんで地面の方に明かりを向ける。そこに浮かび上がったのは――おびただしい数の――犬の死骸。白骨というよりは、ミイラのように干からびた状態で、床を覆い尽くさんばかりに幾重にも重なっている。

「――っ」
八戒と悟空は思わず息を呑んだ。

「入る必要は無い、か」
ゆっくりと三蔵は立ち上がった。

「‥‥戻るぞ。もう此処に用は無い」
 

 

 

 

「何故、黙っていた?」
ジープに戻り、悟浄の手を治療すると、焚かれた火の側で横にさせた。枕元に腰掛けた三蔵が静かに問いかける。八戒と悟空は、二人に遠慮してか少し離れた木の下に座っていた。

「あんまり、気持ちのいいもんじゃねぇだろ?」

だから、見せたくなかったんだよ、と笑った。本人は、いつもと同じように笑っているつもりなのだろう。三蔵は沸きあがる感情を必死で抑えた。

「‥‥もう、休め。あそこを出るのに、どうせ妖力も大分使ったんだろうが‥‥。後先考えずに行動するから、そういう目に合うんだ。馬鹿が」
「へーへー、どうせ俺は馬鹿ですよ〜すみませんね〜ご迷惑おかけして〜」

茶化して隠される、悟浄の本心。互いに共に生きると誓ったあの夜から、少しずつではあったが開いて見せてくれるようになった心の扉。だが今は、それはしっかりと閉じられていて中を覗うことすら出来ない。

眉根を寄せる三蔵の気配に気付いたのか、悟浄は声の調子を落とした。

「ワリィな、心配かけちまって。でも俺は、大丈夫だから‥‥」
「‥‥いいから、寝ろ」

眼を覆うように手を当ててやれば、さっきとは違う確かな微笑。しばらくすると穏やかな寝息が聞こえてきた。三蔵は、寒くないように毛布を顔近くまで引き上げてやると、その紅い髪に口付けを一つ落とし、立ち上がった。
 

  

 

 

「悟浄は眠りましたか?」
「ああ」

悟浄の側を離れた三蔵は八戒たちのいる木の下にやってきていた。悟浄の姿は確認できて、会話が彼に届かない距離。八戒らしい、気の遣い方だ。

「悟浄、大丈夫かよ?」
「説明していただけますよね?僕と悟空に分かるように。あの場所は一体何だったのか。悟浄に何があったのか」

本当なら、すぐにも問い詰めたいところを我慢していたのだろう。三蔵が腰を下ろすのも待たず、それぞれ質問を浴びせ掛けてくる。三蔵は、一度悟浄の方を振り返ると、二人の前に腰掛けた。

 

「‥‥あの場所には、封印が施されていた。封印ってのは、元来中に封じたものを外に出さないためのもんだ‥‥あそこも例外じゃねぇ。封じるべきものを中に閉じ込めて、封をしてあったわけだ。‥‥そこに悟浄が入って」

「ちょ、ちょっと待って下さい」
八戒が、戸惑ったような声を上げる。

「僕には詳しいことはよく分かりませんが‥‥そんなに簡単に入れるものなんですか?弱くなっていたとはいえ、まだ術は生きていたんでしょう?確かにあそこには扉もなかったですが、それで封印が成り立つんですか?」

「別に、物理的に外界と遮断されてる必要はねぇよ。結界さえ張りゃあ、砂漠の真ん中ででも封印はできる。結界の大きさ、形は術者の力次第で自由自在だ。ただし、今回の場合は結界云々よりも、扉が無い、という事の方が重要だな」

「どーいうこと?三蔵」
「あの入り口は、わざと開けてあったんだ。外からは自由に入れるようにな。だが、中に入ってしまえば、外に出ることはできねぇ‥‥‥かなり特殊な意図を持つ封印の仕方だな。術者の技量も相当なもんだ。年月が経って札自体が風化していなければ、悟浄も閉じ込められてたはずだ。何とか、妖力をぶつけて中和したようだが」

話を聞いていた二人は、ようやく悟浄が戻ってきたときに疲弊していた理由を理解した。力を使いすぎたのだ。

「けど、三蔵。何でそんな蟻地獄みたいな‥‥面倒臭いことする必要があったんだ?普通に封印したんじゃ駄目だったわけ?あれ?そもそも、何を封印してたんだっけ?」
悟空が首をかしげた。散らばっていた野犬の死骸。野犬を封印した――ようにも見えるけど。

「忘れたのか?悟浄があそこで見つけたものを」
八戒が息を呑む。

 

「――赤ん坊だ」

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