そして全ては始まった(4)

「で、どっちなんですか?」
「八戒‥‥‥‥オマエこだわるね‥‥‥‥」

ここは、とある森の中。野宿の夜、暖をとる為に燃やしている火を見張っているのは俺と八戒。火の向かい側では、三蔵と悟空が眠っている。
今日は妖怪の襲撃も無かった。思ったより先に進めた上に、明日には街に入れる予定。
その安心が八戒の口を軽くしてるのかもしれないな、と俺は思った。
「だって、気になりますもん。大事な親友の事ですからね」
――ウソ付け!お前、自分が楽しんでるだけだろ!
などと考えたことは、絶対秘密だ。

「いいじゃないの、どっちでも‥‥‥‥その時になってみないとわかんねーよ」
「それが不思議なんですよねぇ‥‥。もう両思いになってからどのくらいたつと思ってるんです?仮にもエロ河童と称される貴方が‥‥そんなに奥手だとは思いませんでしたよ」

――そう、俺と三蔵が想いを通わせてから2週間近く。未だ俺たちは一線を超えられずにいた。別にそうなることを避けていた訳ではない。ただ、ここのところ野宿や敵襲が続いたため、そういう機会が無かっただけだ。おかげで、まだキス止まりである。
なかなか進展しない俺たちに業を煮やした八戒が、なんやかやと気をまわしてくる。八戒にしてみれば、自分がやきもきした挙句にやっとくっ付いた俺たちがグズグズしているのが、心配で仕方ないのだろう。それにしても。
「なんでお前、そんなこと気にするわけ?俺が上だろうと下だろうと関係ないだろ?」

「ただの興味です」
――さっきは大事な親友がどうとか言ってなかったか?
キッパリ言い切る友人に、俺は盛大にため息をついた。

  

三蔵より俺の方がガタイがいい。背も高いし、腕だって太い。普通に考えれば、俺の方が抱く側だろう。実際のところ、俺もそう思っていた。だが、八戒には断言できなかった。少し気になることがあったのだ。
それは、今日の夕食前の事だった。食事の支度に忙しい八戒とその側をうろつく悟空を尻目に、俺たちは少し離れたところで煙草を吸っていた。

そして1本吸い終わるのを待ちかねたように、唇を重ねた。立ったままの、キス。俺の腕はあいつの腰を引き寄せ、強く抱きしめている。いつものように完全に主導権を握っていた。

「ん‥‥ふ‥‥」
苦しげなあいつの声に煽られ、口付けを更に深いものにしようとした時、不意に髪を引かれた。かまわず進めようとする俺に対して、三蔵はものすごい力で髪を引っ張ってくる。
「いででで!何よ三ちゃん、何なの?せっかくいいところだったのに‥‥」
「煩せぇ、三ちゃん言うな。‥‥座れ」
「はい?」
「いいから、座れ」
何がなんだかわからないまま、とりあえず指示通りに腰掛けた。三蔵も隣に座る。と、突然肩を抱かれ、キスされた。驚いて押しのけようとする俺の手を掴み、抵抗を封じてから、口内を思う様蹂躙する。いきなり逆転した立場に、俺は思考が追いつかない。ようやく開放された時には、―――恥ずかしい話だが―――俺は腰が抜けていた。

三蔵がその場を去った後も、俺は立ち上がれずにいた。
正直なところ、戸惑っていた。
もしかして、三蔵は俺を抱きたいのかもしれない‥‥そう思った。

 

 翌朝、三蔵と出発前のルート確認をしていた八戒が、ジープに荷物を積む俺と悟空に近づいてきた。
「予定では、ここの街に入る予定だったんですが、三蔵が弾丸を仕入れたいそうなので、少しコースからは外れますけどこっちの少し大きめの街に寄ることにしますね」
「やったー、大きい街!うまい飯が食えるー!」
『‥‥‥‥マジ‥‥かよ‥‥』
無邪気に喜ぶ悟空の隣で、俺は声も無く立ち尽くしていた。

 

 

 

「すげー!でけー!」
その街はこの辺りでは一番大きな街だった。
「あーっ食いもん屋がある!あーこっちにも!なあ三蔵!あれ買って、あれ!」
「却下」
いつもと同じ光景に苦笑する。どうせ、しつこい悟空に根負けして、いくらかは買ってやることになるのだ。何だかんだ言って、三蔵は悟空に甘い。

「なー。あいつ、あんなところで何してんの?」
果たして、戦利品の肉まんをほおばる悟空の声に目をやれば、そこには路地の少し奥で、壁に寄りかかって立つ少年の姿。ズキン、と胸の何処かが痛む。
「‥‥あれは、男娼だ。ああやって、自分を買ってくれる客を待ってる」
「えーっ‥‥だってあいつ‥‥俺より年下じゃん‥‥」
その少年は、15・6歳といったところだろうか。この世界では別に珍しくはない。だが、悟空には衝撃的だったようだ。
「じゃあさ、腹減ってるよなあいつ!この肉まんやるよ、俺!」
「駄目だ!」

‥‥自分でも驚くほどの大きい声。悟空はおろか、近くの通行人まで動きを止めている。

「絶対に、駄目だ」
俺は今、どんな顔をしているのだろうか。

「‥‥行くぞ」
三蔵に促されて歩き出す悟空の背中を、俺はただ見つめるしかなかった。
 

 

 

「悟浄、これ頼まれてた煙草です。三蔵のも」
「さーんきゅ」
悟空を連れて買出しに出ていた八戒から煙草を受け取る。三蔵は弾丸の調達の為に出かけていた。目の前の親友の有無を言わせぬ温かい心配りで、俺と三蔵は今日、同室だ。だが、八戒は煙草を渡しても、そこから動かなかった。何か言いた気に、落ち着かない。言いたいことははっきり言うこいつにしては、珍しいことだ。

「どした?何かあったのか?」
「あの、実は‥‥悟空なんですが‥‥さっき出かけたとき、またあの少年を見かけて‥、どうしても渡したいって、買い物の中から果物を‥‥」
「‥‥渡したわけ?」
俺は、眩暈を感じていた。
「ええ‥‥でもその子がすごく怒っちゃって、叩き返されて‥‥。悟空、すごく落ち込んでるんです」
「わかった‥‥あいつ、今部屋か?」
頷く八戒の隣をすり抜けて、隣室のドアをノックもせずに開いた。

「悟空」
奴はベッドの上にひざを抱えるようにして座っていた。まるで母親に叱られた子供のように。黙って隣に腰掛ける。

「なぁ‥‥何で?何であいつ、怒ったんだろ‥‥。俺‥あいつと仲良くしたいと思っただけなのに‥‥」
一つため息をつくと、俺は悟空の両肩に手を掛け、覗き込むようにまっすぐ奴の目を見た。

「俺が悪かったな。ちゃんと最初に話しとくべきだった。‥‥いいか、悟空。人間にも妖怪にも、自我がある限りプライドがある。どうしても捨てられない誇りがある。例え街角に立っていても、あいつらは自分に誇りを持ってんだ。生きていくために体は売っても心まで売るわけじゃあねぇ。これはビジネスなんだ。生きるための、ビジネスだ。子供だからってそれは変わんねーよ。施しを受けることはあいつらにとって最大の屈辱だ。お前は、あいつを侮辱したんだ」
「そんな!俺、そんなつもりじゃ!」
「例えお前がどういうつもりであったとしても関係ない‥‥問題は、相手がどう受け取ったかどうかなんだよ。好意だから何をしても許されるってモンじゃない‥わかるな?」

悟空が、コク、と小さく頷くのを確認して、俺は続けた。
「ずっとこの街にいるのならともかく、俺たちはただの通りすがりだ。本当にあいつに何かしてやりたいと思うなら、一晩あいつを買ってやれ。ちゃんと客になってその対価を払ってやれ。それが、あいつにしてやれる精一杯の事だ」

「そんな‥‥」
涙をためて揺れる金の瞳。くしゃっと奴の髪をかき混ぜて、俺は立ち上がった。

 

 

いつもよりおとなしい猿のおかげで、その日の夕食は平穏に終わった。皆の心の中はどうだったのかは知らないが。
「んじゃあ、俺ちょっと用事があるから出かけてくるわ〜。今夜は帰らないと思うから、そこんとこヨロシク、三蔵サマ」
軽く言いながら見やると、ドアにもたれ腕を組む不機嫌そうな三蔵の姿。俺と悟空の会話については八戒から聞かされているはずだ。出て行くために奴の前に立つと、無言のまま視線が絡み合った。どちらも眼を逸らさない。いつもならここで銃弾の1発でも飛んでくるところだが、三蔵は仏頂面を崩さず、黙って道をあけた。

「明日は出発だ。朝までに戻って来い」
さんきゅ、と声には出さずに呟いて、俺は夜の街へと出て行った。

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