そして全ては始まった(3)

「ねーっ見て見て八戒!お菓子貰っちゃった!あっ!寝坊二人組みだー!おはよー、さんぞー。おはよー、寝ぼすけ河童ー!」
「何なんだよその差別は!」
デカい声を張り上げて、悟空が入ってくる。こいつには疲れってものがないのかね。

「まあまあ悟浄。悟空、誰から貰ったんですか?それに木の実はどうしたんです?」
きっと両手いっぱいの実を抱えて戻ってくる姿を想像していたに違いない。
「我慢できずに食っちまったんだよなー、食欲猿」
さっきの仕返しとばかりにからかいの科白をかける俺に、悟空は顔に血をのぼらせて反論してきた。
「違うって!木に登ってみたんだけど、鳥に食われてて‥‥穴だらけでさ。食われてない実もあったけど、やっぱりこの木は鳥たちの物なんだーって気がしたから、取らずにそのまま置いてきたんだ!」

「‥‥お前に鳥たちへ遠慮する心があったとはな」
今まで黙っていた三蔵が口を開く。けど、何か優しいものが込められてると感じるのは、俺の気のせいか?
「あーっ、ひでー!三蔵、ひでー!」
「日頃の行いがモノを言うわけよ、小猿ちゃん」
「猿ってゆーな!第一、おめーにだけは言われたくねーよ、このクソエロ河童!」
「んだと、コラァ!このクソ猿!」
「へーんだ、エロ河童エロ河童エロ河童‥‥‥‥‥」

スパ――――ン

「やかましい!ちったぁ静かに出来んのか!馬鹿共が!」
低レベルな俺たちの言い争いを止めたのは、眉間にしわを寄せた三蔵のハリセン。

‥‥やっぱ三蔵様はこうじゃなけりゃあな。俺は正直ホッとしていた。

悟空は、頭をさすりながらまだ口の中でぶつぶつ言っていたが、ふと、何かを思い出したように聞いてきた。
「なぁ悟浄。夕べ、なんかあった?」
大人三人の動きが止まる。
‥‥俺的には、あったけどよ‥‥言えるわけねぇだろ、んなこと!それとも別に何かあったっけか?
「どういう意味ですか?悟空」
悟空の意図が掴めず、固まり続ける俺に代わって八戒が尋ねてくれた。

「だってさー、裏山に行こうとしたらさ、知らないおじさんに声かけられちゃって。なんかね、俺たちの部屋の‥‥ちょうど三蔵たちの部屋を挟んで反対側に泊まってた人らしいんだけどさぁ。最初に、『君はわしの隣の部屋に泊まってる人たちのお連れさんかね?』って聞かれたから、そうだよって言ったんだ」

‥‥‥嫌な空気が流れる。できれば、この部屋から逃げ出して遠くへ行ってしまいたい、そんな気がする。そして無情にもこんな時に限って、嫌な予感は的中するのだ。
「そしたら、『いやあ、昨日は久しぶりに興奮したよ。まったく羨ましいねえ、若いモンは!でも残念ながら最後の方はよく聞き取れなくってね、で、結局どうなったか教えてくれんかね?』って‥‥なぁ、何のこと?」

げ‥‥。背後に立つ三蔵の怒りのオーラが増大していくのがふつふつと感じられる。やべ、汗が出てきやがった。

「まさかとは思いますが‥悟空‥‥そのお菓子は‥‥」
「うん、そのおじさんに貰った」
途端、再びハリセンが振り下ろされる。
「てめぇ、餌付けされてんじゃねーぞ!知らねェ奴から食い物貰うなといつも言ってるだろうが!‥‥‥‥それから、てめぇ等!」
「「は、はい」」
思わずハモる。
「俺は寝る!邪魔したら殺すぞ!悟浄、てめぇも来い!あんまり眠ってねーだろーが!それに八戒!どうせお前も眠れなかったクチだろうが‥‥ちゃんと休んどけ!」

「なぁなぁ三蔵、俺は?」
二度のハリセンを食らってもまだ懲りないのか、悟空が三蔵に擦り寄っていく。
「煩せぇ!てめぇは充分眠りこけてたんだろうが!」

さすがに三度目のハリセンの気配を察知し、自分の側から飛びのくように離れる悟空の姿に短く舌打ちをすると、乱暴にドアを開けて三蔵は出て行った。
 

 

はあ〜っ
誰の口からともなく、ため息がもれる。
「三蔵、何怒ってんだろ」
その怒りの元凶となった悟空は、呑気に俺と三蔵の残した朝食に手を伸ばしている。今の事態を全く理解していない奴をからかう気力も無くした俺は、くいくいと八戒の袖を引き、食堂の外に連れ出した。

「なんです?」
「なぁ‥‥お前なんでわかったの?俺と、三蔵が、その‥‥」
そう、隣室に漏れていたのは喧騒の部分だけだった。肝心なトコロは聞き取れなかったと、隣のオヤジは言ったのだ。当然、八戒にも聞こえなかったはずだ。なのに‥。
奴は、ああ、そんなことですか、と笑った。
「そりゃあ、わかりますよ‥‥だって貴方、食堂に入ってきた時、すごく柔らかい雰囲気でしたもん」
「‥‥そうか?」
「ええ、一発でわかりました」
そうなのだろうか。自分では何も変わってないつもりだったのだけれど。そういや、何か三蔵の雰囲気も違ってたかな‥‥。
「さ、早く部屋に戻ってください。三蔵、きっと待ってますよ?」
優しい笑顔に送り出されて、俺はその場を後にした。
 

 

 

「悟浄は、部屋戻ったー?」
もぐもぐと2度目の朝食をとる悟空の前に、八戒は腰を下ろした。
「悟空」
「んーなに?」
八戒の呼びかけに顔もあげず、ひたすら食べ続けている。その姿を、八戒はじっと見つめた。

「実は‥‥‥確信犯でしょう?」

ピタ、と料理を口に運ぶ手を止め、上目遣いで八戒を見る姿は、いたずらが成功した無邪気な子供そのままだ。
「やっぱ‥‥バレた?」
「‥‥どうして、気が付いたんです?」
さっき、悟浄にも聞かれたこと。あの時の答えは嘘ではない。だが、自分はずっと前から気付いていた。あの二人の、お互いを想う気持ちに。だから昨日、悟浄が三蔵の部屋には自分が行く、と言い出したときには祈るような気持ちになった。頼むから、二人とも素直になってくれと願った。

「だーってさあ、ムカつくんだもん。二人ともさー、いつまでもはっきりしないし。三蔵、ここんとこ悟浄にすげー冷たかったじゃん?なのにさ、暇さえあれば悟浄のほう見てやんの。なーんか思いつめたよーな顔しちゃってさ。悟浄も悟浄だよな、あんだけされたら普通キレるだろ。ぜってー黙ってないね、あの河童が。なのに我慢なんて柄にも無いことしちゃってさー、特別な感情がありますって、バレバレじゃん。後で悲しそーに煙草吸う姿には、お前は中学生か!と俺は思ったね」

八戒は、正直驚いていた。確かに、三蔵の悟浄に対する行動に悟空が何も言わないのは何故だろう、と不思議だったのだが‥‥まさか、気付いているとは思ってなかった。

「あれじゃあ、気付くって。ってゆーかなんで、本人たちだけ気付かないんだろーって思ってた。普段俺んことガキ扱いするくせに‥‥自分たちだってガキじゃんか!」
子供だと、思っていた。しかし、ちゃんと彼は見ていたのだ。

「心配したけど、二人の問題だから何にも言わなかった‥‥。八戒も、そうだろ?」
「ええ‥‥」
「おじさんに言われた時‥‥何があったか、ピンときたんだ。結果がどうとかは、わからなかったけど‥‥。欲しいものを欲しいって言わないから、二人とも。特に悟浄はさ」

自分が人を愛せることに気付かなかった三蔵。
自分が人から愛されるとは思っていなかった悟浄。

「だけどさっき部屋に入った瞬間、ああ、うまくいったんだって感じた。なんとなく」
そう言って笑う悟空は本当に嬉しそうで。
「ホントにさ‥‥よかったよな」
「ええ、そうですね、本当に」

今はまだ、お互いに恐る恐る伸ばした指先が、触れ合ったばかりだけれど。
幸せになって欲しい。いつまでも、その手を離すことなく。

此処にはいない不器用な恋人たちに、二人は心からの祝福を捧げた。

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