名を呼べば(2)
一度なら偶然で終わる。 だが、二度、三度と続けば、それは――――。
次第に、男と目が合う回数が増えていく。 視線を感じて初めて男の存在に気付くという事が何度かあり、男も自分を見ているのだと三蔵は知った。 初めて会話を交わしたのは、入学式から数ヶ月後の、夏の盛りのことだ。何年ぶりかの猛暑であると連日のニュースで捲くし立てられる通りの、酷く暑い夏の昼下がりのことだった。 「おい」 校内でも冷房の効く数少ない場所で、三蔵は男に出会った。 不機嫌を装う三蔵の声に、ゆっくりと瞳が開く。初めて間近に見る紅い瞳に、三蔵は目を奪われた。 「生徒会室にクーラーがあるのって、チョー贔屓って気がすんですけど?会長サン?」 一気に言葉を紡がないと、言語を忘れそうなほどの熱さを三蔵は感じていた。 「実質アンタがまわしてんじゃん、ここの生徒会。んなコトみんな知ってるって。なぁ、病弱で欠席の多い、謎のカリスマ副会長さんよ?」 鼻で笑いながら慣れた手つきで煙草を取り出す。三蔵は眉を顰めたが、特段咎めもしない。確かに三蔵はここの生徒会の副会長だったが、実質はただの役員だった一年生の頃から全ての決定権を握っていた。 ため息をひとつつくと、三蔵はそれきり男を見ることなく、放り出したままだった資料の整理に取り掛かった。男は黙ってそれを見ていたが、煙草を吸い終わると、じゃな、と片手を上げて出て行った。ドアが完全に閉じられる前、ようやく三蔵は顔を上げて男の紅い髪が翻るのを見送った。それだけだった。
やがて夏休みが終わり、新学期が始まった。 「制服ってさ、やーらしくねぇ?」 くだらない会話を持ちかけて、男は去る。きっちり煙草一本分の短い時間だったが、三蔵はそのひとときを待ち望んでいた。触れそうで触れない、互いに踏み込ませない微妙な距離を楽しんでいた。 男との奇妙な逢瀬が始まって、一年が過ぎた。
ある日の昼休み。いつのもように、男は友人たちと笑いあっていて、三蔵はその姿を窓から見下ろしていた。 突然、男が三蔵の方を見上げた。挑戦的に口元を引き上げると、自らの肩を撫で回すような仕草を見せる。 やめろ。と心で叫んだ。 俺だ。お前の肌に触れていいのは俺だけだ。
もし、ここが学校という衆人環視の中でなければ、三蔵は男に駆け寄って押し倒していたかもしれなかった。それほどに激しく、荒々しい衝動だった。 翌日の昼休み、三蔵は校舎の下で仲間とたむろしている男の視界に入る窓に、わざと移動した。案の定、男は何気なく視線を寄越した。 学校ではかつて見せた事のない、三蔵の『素顔』を目の当たりにし、男の顔から笑みが掻き消え、呆けたように固まった。その頬が赤く染まっているのに満足し、三蔵はすぐに踵を返した。男の視線が下から自分の背を追ってくるのが、堪らなく心地よかった。 馬鹿な意地を張っている、と自覚していた。子供としての意地と大人としての欲望が混在している自分を、三蔵は初めて知った。以前なら、唾棄すべき状況だと自らを嫌悪しただろう。だが、今はそれが無性に楽しくて仕方がなかった。 どちらが先に相手を落とすのか、なんて。 ――――さて、これからどうしてやろうか。 今後の攻防に思いを馳せ、三蔵の心は浮き立った。
どうせ時間は、たっぷりある。
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ホンマに高校生なんでしょうか、この人たち…。青くなさすぎ…///