Happy Medicine 1.93(2)

かたん。

悟浄に近付くために立ち上がりかけた三蔵の体が、不意によろめいた。
 

「‥‥?」

テーブルに手を付き、何が起こったのか分からないといった表情を浮かべた三蔵だったが、耐え切れなくなったのかすぐに元の椅子に腰を沈める。やや虚ろな視線を向ければ、悟浄がニヤニヤと三蔵の様子を眺めていた。

「おーおー。もう効いてきたか。茶、ちょっとしか飲んでねーのに、やっぱ効き易い体質なんだなーオマエ」
「ご、じょう?」
「そう毎度毎度おんなじ手に引っかかるかよ、ばぁーか」

悪戯が成功した子供が浮かべるような笑みを、悟浄は浮かべていた。

「てめぇが茶に何か仕込んでんのなんざモロバレなんだよ。セコい手使いやがって、見くびんなっつーの」

悟浄は得意げに鼻を鳴らすと、目の前の湯飲みを軽く指で弾いた。陶器の硬質な音が気に入ったのか、同じ仕草を何度も繰り返す

「悪ィけど摩り替えさせてもらったぜ?」

悟浄が茶菓子が云々と言い出した時、確かに三蔵は湯飲みと悟浄から目を離してしまっていた。恐らくは、その時に。

「そっちがその気なら、今度は俺も遠慮しねぇかんな」

身体を巡る熱と戦っているのかやや俯き加減で黙っていた三蔵だったが、悟浄の言葉に弾かれたように顔を上げた。僅かに目を見開いて、悟浄の顔を凝視する。
その三蔵の表情に、悟浄は再びけらけらと笑った。

「んな心配そーな顔すんなよ。誰もヤラせろって言ってねーだろ?俺が下で勘弁してやるからよ。ただ、尊き最高僧様のお乱れになるお姿っつーのを―――」

いつも自分が乱されてばかりで、三蔵がどんな顔で自分を抱いているのかとか、どんな顔で感じているのかとか、思い出そうとしても不思議と思い出せない。ただ、浮かぶのは三蔵の汗の匂いと自分を掻き回すモノの熱さと―――。
不公平だ、と思う。自分ばかりが、三蔵を求めているような浅ましさ。

「じーっくり観察させて貰うぜ?」

唖然とした三蔵の顔を見るのは本当に珍しい事で。
最高に、気分が良かった。

 

 

 

*****

 

これから三蔵『を』遊ぶのだ。
滅多に無い機会を得て、悟浄の気分は高揚していた。興奮のせいか妙に鼓動が早まっているのが分かる。

(‥‥あれ?)

不意に、悟浄の笑みが曖昧なものに変わった。いくら何でも、鼓動が激しすぎのような気がしたからだ。
ほんの僅かな怪訝な表情を目敏く見つけたのか、今まで黙っていた三蔵がやれやれと言った態で首を廻した。

「馬鹿は血の巡りと同じで薬の効きも悪いな」
「!?」

意味有りげに向けられた視線に、悟浄は愕然とした。

―――――クスリ!?

そう言えば、さっき飲んだ茶は熱さばかりが舌を焼いて味などさっぱり分からなかったのだが、心なしか苦かったような気がしないでもない。だが、しかし。

「ウッソだろ‥‥。んな‥‥ハズねぇ」

確かに三蔵が、悟浄の湯飲みに薬を入れたのをしっかり確認して摩り替えた筈なのに。
状況を把握できずに目を白黒させている悟浄の表情を不安ととったのか、三蔵は宥めるような声を出す。

「安心しろ、そいつはハッピーメディスンじゃねぇ。てめぇとはあまり相性が良くねぇらしいから、ただの精力増強剤にしてやった。不能治療にも使われる、お墨付きの医薬品だ。勿論、量は多めにしてあるがな」

感謝しろ、結構高い薬だからな。そんな事を嘯きつつも、今まで飲まされてきた煮え湯の数々を思い出したのか、三蔵は形の良い眉を顰める。

「妙な副作用で、暴れられたり記憶が飛ばれたりするとウゼェんだよ」

言われている事はとんでもない内容なのだが、三蔵の声を聞いているだけで、どんどん身体が熱くなっていくのが分かる。動悸が激しくなっていくのが分かる。

「薬を盛っている所をワザと見せれば、てめぇが湯飲みを交換するだろうと思ってな。予め俺の方に入れておいたんだ」
「じゃあ、あの錠剤は‥‥‥?」

ならば三蔵は、悟浄が混入を目撃した薬を口にしたという事になる。
上がりつつある息を必死で気取られないようにしているらしいが、悟浄が切羽詰った状態である事は三蔵から見れば一目瞭然だ。

「ああ、あれか」

だから三蔵は、殊更にのんびりした口調で、焦らすように言ってやった。

「―――あれは正真正銘、ハッピーメディスンだ」
 

 

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