Happy Medicine 1.93(3)

思いがけない告白に悟浄は固まった。

まさか三蔵が自分からそんな薬を口にするなどとは予想外で、悟浄の頭は真っ白だ。
三蔵は軽く笑うと、何処からともなく取り出した紙片をテーブルの上に放り投げた。
何かの広告を切り抜いたらしいそれには、大きく『新発売!』の文字が躍っている。悟浄は震えそうになる指で、何とかその紙切れを拾い上げた。
 

 

 

―――――最近、彼氏とのHで満足できない女性が急増しています。
その際たる原因は、彼氏が「早い」こと。
受け入れる側にはそれなりの時間を掛けた準備が必要です。
自分だけが盛り上がって、自分だけが達して、自分だけが満足して。彼女が中途半端な炎を燻らせている事にも気付かず、放り出したまま自分だけがさっさと眠っていませんか?
好意のある間は、彼女はあなたを気遣って何も言わないかもしれません。でももし、気持ちが醒めてしまったら?当社の調べによると、どんな罵りの言葉より、別れ際の彼女の「早漏野郎!」の一言に最も傷付いたという意見が大半です。
ですが、もうそんな心配とはおさらばです。今まで数多くのハッピーメディスンシリーズを生み出してきた我社が長年の研究の末に遂に開発した「男性専用」ハッピーメディスン、『クール・ガイ』。
理性溶解型ハッピーメディスンの精製途中に不要物として廃棄されてきた物質から、より理性に働きかけ性衝動を抑制する成分の抽出に成功しました。たったの一錠で、今宵のあなたは抜群の持久力を誇る逞しい男性に大変身!きっと彼女の心も身体もメロメロです。
 

注1:一度目の射精までに要する時間は、概ね普段の2倍から3倍に延長されます。(当社実験によるデータ)
注2:射精時に体内で分泌されるホルモンが薬の成分を中和するため、2度目からはいつものペースに戻ります。
注3:女性が服用しても何の効果もありません。
 

さあ、今夜のあなたは一味違う!たっぷりと時間を掛けて、最愛のパートナーを思う存分可愛がってあげましょう―――――
 

 

 

読み終えた悟浄の手から、はらりと紙が滑り落ちた。

 

 

 

*****

 

精力増強剤は確実に効いたらしく、悟浄の息は完全に上がっていた。目は潤み、頬は上気し――――。今までなら確実に、とっくの昔に三蔵に押し倒されている状況だったが、驚くべき事に三蔵は涼しい顔で悟浄の様子を見ているだけだ。

「オマエ‥‥‥元々、そんな早くねぇじゃん‥‥‥」
「一応、褒め言葉として受け取っておく」
「俺だって‥‥‥ちゃんと‥‥‥満足してるし‥‥‥」
「女じゃねぇんだ。イってるかどうかなんて一目瞭然だろ」

馬鹿かお前は。そう続けられて悟浄の頭にますます血が上る。

「‥‥‥ざけんな、なら何で!」
「さっき貴様、何か言ってたな」
「さっき?」

―――お前の乱れる姿を、じっくりと拝ませて貰う―――

「あ‥‥」

自分の血の気の引く音というものを初めて聞いた気がした。

「そういう事だ。初めて気が合ったな」

三蔵は決して『早い』という訳ではない。それなのに。
一度目に普段の何倍もの時間を掛けられて。しかも当然一回で終わりという事はない筈で。

―――今夜自分は、一体どんな目にあわされるのだろう。おまけに、その姿を全て三蔵に観察されてしまう―――。
 

ぞくり。
 

その想像は悟浄の背中に冷たい汗と――――同時に、体の奥底にある種の疼きをもたらした。下腹部に熱が集中する。

(ヤバ――)

「限界か?」

無意識に頷きかけた悟浄だったが、意地と根性で踏みとどまった。決壊寸前の理性とプライドが、悟浄の中で戦っている。そんな悟浄の様子を楽しげに眺めていた三蔵が、たったひと言、名を呼んだ。囁くように小さく、低く。

悟浄、と。

それだけで、悟浄の理性はあっさりと陥落した。
もうどうでも、何でもいい。心から欲しいと願う人が今まさに目の前にいて、自分が求めるのを手を広げて待ってくれている。この誘惑に抗う必要がどこにあるというのだろう。
何かに引き寄せられるように、ふらふらと席を立つ。頬に手を添えて奪うように口付けたが、普段とは違い三蔵の反応は鈍い。余裕の無い悟浄をからかうように舌を掠めると、さっさと悟浄を引き剥がしてしまった。

「焦んな。朝まで時間はタップリある」
「‥‥誰のせいでっ‥‥!」

三蔵は悟浄の腰に軽く手を添えてはいるが、そこには情欲の欠片も感じられない。堪らなくなった悟浄はいやいやをするように、額を三蔵の首筋に擦り付けた。

「仕方ねぇな。―――なら、せいぜい頑張って」

薄紅色に染まった耳へと流し込むように三蔵が囁くと、悟浄の体がピクリと揺れる。

「俺をソノ気にさせてみろ」

三蔵の言葉が終わるより早く、悟浄はその場に跪いた。カチャカチャという三蔵のベルトを外す音が静まり返った部屋に木霊する。だがその音は、すぐに淫猥な水音にとって代わった。いつもより遥かに反応の鈍いものに、悟浄は必死に舌を這わせる。

強請る素振りも隠さず自分を感じさせようと躍起になっている男の紅い髪を、三蔵はまるで壊れ物に触れるかのように、優しく撫でた。

「――――楽しい夜になりそうじゃねぇか?」

その口元に、勝者の笑みを浮かべながら。
 

 

「Happy Medicine 1.93」完

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