―――――想いを交わした彼女との、燃えるような一夜。今思い出しても、思わず顔が緩んでしまうあなたはさぞ満ち足りた日々を送っていることでしょう。 ―――――週刊誌の記事より抜粋
Happy Medicine 1.93
―――おかしい。
「入ったぞ」 ことりと音を立てて、湯飲みが目の前に置かれる。
―――おかしすぎる。
「どうした。飲まんのか」 低い声で促されても、悟浄はなかなか目の前の湯飲みに手を伸ばす事が出来なかった。 「あ、や、茶菓子かなんかねーの?」 それでも振り返り何かを物色しようとする三蔵の様子に、悟浄は恐怖すら覚える。
だって、そうだろう。 いつまでも愚図愚図と湯飲みを弄ぶ悟浄の姿に、紫の眼が物言いたげに眇められる。 「いやさ。明日は槍でも降んのかなぁ、と」 あまりの言われようにムッとしたのか、三蔵は悟浄の湯飲みを取り上げようと手を伸ばしてくる。 「あ、ウソウソ!イタダきます!ありがたくちょーだいしますってば!」 こんな機会、滅多にあるもんじゃない。
三蔵は自らは一口含むと、悟浄が湯飲みを口に運ぶのを、黙ったままじっと凝視している。 「‥‥ナニ?」 そっけなく答えはするものの、やはり、三蔵は悟浄の様子が気になるらしく、視線を外さないままだ。居心地の悪さを誤魔化すように、悟浄はまだ熱い茶を一気に飲み干した。 「美味いか?」 発砲されるかと思ったが、じろりと悟浄を一瞥しただけで三蔵はまたひと口茶を啜る。何とも居心地の悪い奇妙な沈黙が流れ、悟浄は所在なさげに視線をテーブルに落とした。 「ところでな、悟浄」 唐突な呼びかけに、何事かと顔を上げた悟浄の耳に飛び込んできた言葉は。 「ハッピーメディスン。知ってるか?」
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『ハッピーメディスン』 どこかで聞き覚えのある名前。 「‥‥まさか、てめぇ」 ふん、と三蔵が鼻で笑うのを見て、悟浄の顔が青ざめた。 ハッピーメディスン。 「罰だ」 噛み付かんばかりに三蔵に詰め寄る。だが、やはり三蔵は少しも怯まない。 「自分で考えてみるんだな。ああ、その前に考えられなくなるか‥‥。そろそろ、体が熱くなってきたんじゃねェか?」 そこらの妖怪なら裸足で逃げ出すような、凄みを効かせた悟浄の視線と声を受け止めて、三蔵は笑った。 「フカシかどうかは、すぐ分かるさ」 「すぐに、な」 またひと口、三蔵が湯飲みの茶を啜る。
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