―――――想いを交わした彼女との、燃えるような一夜。今思い出しても、思わず顔が緩んでしまうあなたはさぞ満ち足りた日々を送っていることでしょう。
でも、ちょっと待ってください。あなたとの行為に、彼女は本当に満足していたのでしょうか?
「自分に限ってそんな」と思われたそこのあなた。
編集部が独自に行ったアンケートでは、実に八割弱の女性が、「彼氏とのSEXでイけていない」と答えています。
つまり、大半の女性は、彼氏との行為で満足したフリをしているのです―――――

―――――週刊誌の記事より抜粋
 

 

 

 

 

  Happy Medicine 1.93

 

 

 

 

 

―――おかしい。

 

「入ったぞ」

ことりと音を立てて、湯飲みが目の前に置かれる。

 

―――おかしすぎる。

 

「どうした。飲まんのか」

低い声で促されても、悟浄はなかなか目の前の湯飲みに手を伸ばす事が出来なかった。

「あ、や、茶菓子かなんかねーの?」
「菓子は無いが‥‥‥」

それでも振り返り何かを物色しようとする三蔵の様子に、悟浄は恐怖すら覚える。
 

 

だって、そうだろう。
鬼畜暴力生臭坊主―――「あの」玄奘三蔵法師様が、茶を入れてくれるなんて。
天変地異の前触れか。―――それとも。
 

いつまでも愚図愚図と湯飲みを弄ぶ悟浄の姿に、紫の眼が物言いたげに眇められる。

「いやさ。明日は槍でも降んのかなぁ、と」
「‥‥‥‥じゃあ飲むな」

あまりの言われようにムッとしたのか、三蔵は悟浄の湯飲みを取り上げようと手を伸ばしてくる。

「あ、ウソウソ!イタダきます!ありがたくちょーだいしますってば!」

こんな機会、滅多にあるもんじゃない。
悟浄は慌ててまだ熱い茶を、息を吹きかけながらも口にした。
 

 

三蔵は自らは一口含むと、悟浄が湯飲みを口に運ぶのを、黙ったままじっと凝視している。

「‥‥ナニ?」
「別に」

そっけなく答えはするものの、やはり、三蔵は悟浄の様子が気になるらしく、視線を外さないままだ。居心地の悪さを誤魔化すように、悟浄はまだ熱い茶を一気に飲み干した。

「美味いか?」
「何、薄気味悪ィこと聞いてんだよ‥‥。何だっての、一体」
「別に」
「‥‥それしか言えねぇのかよ、ボキャ貧」

発砲されるかと思ったが、じろりと悟浄を一瞥しただけで三蔵はまたひと口茶を啜る。何とも居心地の悪い奇妙な沈黙が流れ、悟浄は所在なさげに視線をテーブルに落とした。
ここは自分が何か気の利いた話題でも振らなければ、この肩の圧し掛かるような重い雰囲気を変えることは出来まいとあれこれ考えてはみるものの、どうにもうまい知恵が浮かばない。
そうこうしているうちに、部屋に充満する重苦しい空気を破ったのは珍しくも三蔵の方だった。

「ところでな、悟浄」

唐突な呼びかけに、何事かと顔を上げた悟浄の耳に飛び込んできた言葉は。

「ハッピーメディスン。知ってるか?」

 

 

 

*****

 

『ハッピーメディスン』

どこかで聞き覚えのある名前。
八戒に教えてもらった覚えのあるあれは確か、先日来、散々自分を振り回してくれた催淫剤の―――。そこまで考えて、悟浄の動きが止まった。
呆然と、手元の湯飲みに目を落とす。
すっかり飲み干して底が見える湯飲みには、ほんの少し前まで、珍しくも三蔵が入れてくれた茶がなみなみと注がれてあった筈で。

「‥‥まさか、てめぇ」

ふん、と三蔵が鼻で笑うのを見て、悟浄の顔が青ざめた。

ハッピーメディスン。
悟浄のみならず三蔵もかなり痛い目に合っている薬だというのに、性懲りもなく使おうというだろうか。
悟浄は憤怒で瞳を焦がしながら三蔵を睨みつける。一方三蔵は、そんな悟浄の憤りにも全く動じず飄々とした様子だ。

「罰だ」
「何のだよ!」

噛み付かんばかりに三蔵に詰め寄る。だが、やはり三蔵は少しも怯まない。

「自分で考えてみるんだな。ああ、その前に考えられなくなるか‥‥。そろそろ、体が熱くなってきたんじゃねェか?」
「‥‥フカシてんじゃねーぞ、クソ坊主が」

そこらの妖怪なら裸足で逃げ出すような、凄みを効かせた悟浄の視線と声を受け止めて、三蔵は笑った。

「フカシかどうかは、すぐ分かるさ」
恐らく悟空でも見た事が無いだろう、楽しげな笑顔。

「すぐに、な」

またひと口、三蔵が湯飲みの茶を啜る。
蛇に睨まれた蛙のように、悟浄は身動きも出来ないまま、ゆっくりと近付く三蔵の笑みを見つめるしかなかった。
 

 

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