Give and Take(4)

まず驚いたのは、自分の方が下だったということ。
三蔵が、想像以上に熱い身体を持っていたということ。

そして。

――――自分が男相手にこんなに乱れているということ。

 

 

「ちょ‥待て、って、もう‥‥」

呼吸か喘ぎか判別不能な荒い息の下、許して欲しいと悟浄が三蔵に懇願する。

「信じた、か?」

コクコクと悟浄が必死に頷く。先程、つい首を横に振ってしまい、とんでもない目に合わされたためだ。だが、三蔵は少しも手を緩めない。ベッドで相手に翻弄された経験など皆無に等しい悟浄にとって、こんなロクに遊びも経験したことがないような坊主に良いようにされている状況は、到底信じられないものだった。

「あ‥っ、あっ、あ、あ、あああ」

ガクガクと揺さぶられる度に目の前に火花が散る。
焦らしも駆け引きもなく、ただ悟浄の良い所だけを的確に刺激してくる三蔵の前に、なすすべもない。自分ですら知らない、自分の感じる部分を舐め上げられて、悟浄の口から一際高い嬌声が零れた。自分の声に驚き慌てて口を押さえると、すかさず外されて口付けられる。

「無駄だ‥‥、知ってんだよ、お前の弱ぇトコなんざ、全部。例えば――」
「ひ‥っ!」
「ほら、また締まっただろ?」

実を言えば、悟浄はまだ三蔵との関係に関しては半信半疑だった。
だが今現在の状況は、少なくとも三蔵と悟浄に身体の関係があった事実を、これ以上なく明確に立証している。だとすれば、気持ち云々と告げた三蔵の言葉も、或いは嘘ではないのかもしれない。けれど、そんな馬鹿なことが有り得るのかどうか。
朦朧とした頭で、悟浄がそんなことを考えていると。

「悟浄‥‥、まだ分からねぇのか?」

見透かしたようなタイミングで深く抉られ、思考も何もかも、どこかへ飛んでいってしまう。
生理的な涙と、酸素を求め喘ぎっぱなしだった口元から溢れた唾液で、ぐちゃぐちゃになった悟浄の顔を、三蔵がまるで子供にするように、シーツで優しく拭ってくれるのが不思議だった。三蔵がそんなことをするなんて、とても信じられなくて。認めてしまうのが恐ろしいくらいの、夢のような現実がここにある。

「俺を刻み込め、悟浄。‥‥心にも、身体にも」

白濁する意識の中、遠く聞こえた三蔵の声。無性に悲しい響きに思えて、それ以上聞くのが辛くなる。
耳を塞ぐ代わりに悟浄はただひたすら三蔵に縋り付き、快楽を追った。
 

 

 

 

 

「お前って、結構ガキだったんだなー」
「んだと?」

何度か欲望を吐き出した、心地良い疲労感に包まれた中でのピロートーク、の筈が。
取りあえず三蔵との関係を認めた悟浄が、並んで転がるベッドの上、うつ伏せに枕を抱きつつ色々と問いただしてくる。

「好きなコほど苛めちゃうって、そりゃガキのする事だろ?」

今の悟浄は、三蔵たちと出会って間もない頃の記憶しか持っていない。
悟浄は殆ど三蔵に一目惚れ状態だったのだが、三蔵に冷たくされ、絶対に自分の気持ちを気取られないようにと振舞っている真っ最中というところである。
三蔵にしてみれば、耳の痛い話だ。

 

今になって思えば。
何故、気付かなかったのだろうと思う。この紅を求めて止まなかった自らの心に。
どうして見ない振りを続けられたのか、手に入れてしまった今となっては想像もつかない。

「煩ェな。そん時は別にそういう気じゃなかったんだから当て嵌まらねぇだろ」
「あ」
「‥‥何だよ」

だがやはり素直に認められなくて、ついつい普段通りに悪態をつき、三蔵は内心焦ってしまった。だが、悟浄は三蔵の言葉に、違う意味で引っかかったらしい。

「じゃ、今は好きってワケね」
「‥‥‥‥」
「なーなー、俺のこと好きだって言ってごらん」
「喧しい!」

これから起こる事態から目を逸らすかのような、浮ついた会話。
三蔵に怒鳴られて、短気なのは変わってねぇのと、文句を言いつつ足をパタパタと動かしていた悟浄だが、不意にその足が止まった。

「‥‥‥‥なぁ」

先程とはうって変わった、伺うような声音。

「告白したの、どっち?」
「‥‥‥‥俺からだ」

誤魔化す気にはなれず、正直に告げた三蔵に、何故だか悟浄はほっとしたような困ったような、微妙な表情をした。やや俯き加減に、枕を抱きしめる。

「俺、すぐにOKした?」
「――――何故、そんな事を聞く」

別に、と短く答え、悟浄は枕に突っ伏すように顔を埋めた。
だが三蔵は、そのまま誤魔化されはしなかった。枕から零れる紅い髪を静かに見つめる。
何故と問いながら、三蔵には既に答えを知っていた。

「こうして今のお前が俺を受け入れたのは、どうせすぐに忘れることが判っているからか」
「‥‥‥‥」

悟浄は、困ったような表情で三蔵を見ている。答えに窮しているわけではなく、あまりにも当然のことを質されて、頷くのに抵抗があるといった様子だ。

 

悟浄が自らの気持ちを頑なに告げようとしなかった理由。三蔵の立場と、自らの出生。
喪失の恐怖に怯え、三蔵と生きるという選択肢から目を逸らし続けた悟浄の心を動かしたのは、何だったのか。

例えば―――魂を近くする者たちとの出会い。
八戒や、悟空。そして―――自分の存在が、悟浄自身に多少の影響を与えたと思うのは自惚れだろうか、と三蔵は思わずにはいられなかった。
今、目の前にいる悟浄は、まだ自分たちと出会って間もない頃の悟浄だから仕方ないと思うのは逃げだろうか、と。
何にせよ、『時間』が関わっているのでは手が出せない。人はすぐに変われるものではないのだから。
悟浄にとって、三蔵は未だ『触れてはいけない存在』なのだ。

「‥‥ワリ。刹那的ってのかな、こういうの」
「‥‥‥‥」

一夜の夢だから、と僅かに伏せられた悟浄の瞳が哀しい。

「お前とこーなってんだから、悪くねぇ三年だったんだろな、きっと。‥‥‥‥けど、よ」
「けど、何だ?」

悟浄は、その問いには答えなかった。ただ、口元を僅かに歪めて、薄く笑みを形作っただけだった。

「なぁ。もう一回―――。シよ?」

悟浄が三蔵の首に両腕を回して、その身体を引き寄せてくる。
子供のように必死に縋りついてくる悟浄の背中を、三蔵は黙って抱き返した。

そうするしか、できなかった。
 

 

BACK NEXT


刹那的思考の悟浄さん。三蔵様の想いは届くのか…。
二人の想いが通じるまでの設定は拙作「そして全ては始まった」を踏襲しております。
…今となっては拙すぎて削除してしまいたいお話ですけどね(涙)

|TOP||NOVEL|