Give and Take(31)
久しぶりに、抜けるような青空が広がった。 突然、広げたシーツが風に逆らい不自然に揺れた。一面の白の中から、ひょこりと覗いた、紅い髪。 「大変だねぇ、手伝おっか?」 太陽の光が髪に反射して煌めいている。
「もういいんですか、起きてらして」 ぱんぱんと手際よくシーツを広げていく娘の後を、籠を抱えた大男が笑顔でついていく。それは、穏やかな日差しと相まって、とてものどかな光景だった。 やがて洗濯籠が空になる頃、悟浄はふと表情を改めた。 「麗華ちゃんには、きちんと謝っておこうと思ってさ。‥‥色々と、ごめんね」 律儀に頭でも下げかねない真剣な口調に、思わず麗華は噴き出した。 「ちょっとー麗華ちゃん、そりゃないっしょ?ヒトが珍しく真面目にー」 拗ねた顔に麗華が笑いを深くすると、悟浄もつられたように笑い出す。ひとしきり笑いあった後、麗華が胸に手を当てて呟いた。 「‥‥ね、悟浄さん」 穏やかに微笑んで。 「あれー奇遇だね。俺も麗華ちゃんのコト、大好きなんだけど。‥‥‥‥同じベッドで眠った仲だしね」 麗華の瞳が、驚きに見開かれる。 「これからも、お気をつけて。旅のご無事をお祈りしています」 最高の微笑に心からの友情を添え、麗華は美しくお辞儀した。 「―――ありがとう」 悟浄もまた、真摯にそれを受け止めた。
意外なことに、今回の件で三蔵への三仏神からの処罰はなかった。 「『これからも精々励め』――――だそうだ」 他の三人が驚くのも当然だった。三蔵法師の位を剥奪される覚悟を決めていた当の三蔵も、あまりにあっさりと許されて拍子抜けした程だ。
『沙悟浄の容態が回復しなければ、という条件だっただろう?』 含みのある視線とともに随分と棘のある言葉を貰ったが、それぐらいで済んだことを素直に喜ぶべきなのだろう。 『それとも残念でしたか?せっかく沙悟浄を自分好みに育てるチャンスだったのに』 三蔵はなけなしの忍耐力をフル稼働させ、三仏神の皮肉に耐え切ったのだった。
「――――ったく、どいつもこいつも」 苦虫を噛み潰したような顔で吐き捨てて、三蔵は手にしていた煙草を灰皿に押し付けた。三蔵の部屋には、退屈を持て余した悟浄が押しかけてきている。一時はドン底まで落ち込んだ体力と体調も順調に回復し、いよいよ明日にはここを出立する予定だ。 「おい」 身を起こそうともせず、だらけた表情でベッドに懐いたまま悟浄は気の抜けた返事をした。 「‥‥話がある」 言葉は軽いが、三蔵の口調に何かを感じ取ったのか、悟浄はのそりと起き上がると三蔵の顔を見つめてきた。三蔵は、できるだけ悟浄の正面から向き合うために僅かに身体を捩る。 「すまなかった」 大きくはないが、それでも決して小さくはない声で告げられた謝罪に、悟浄が目を丸くする。 「どーしたんだよオマエが俺に謝るなんて。天変地異の前触れか?」 悟浄の戸惑いが滲む軽口を無視し、三蔵はベッドから滑るように降りると膝を床に着いた。寸分の躊躇いもない動作で、両手も床に下ろすと同時に頭を下げ――――。 「ナニやってんだ馬鹿!」 焦った声が降ってきたと同時に、三蔵の身体は自由を奪われた。 「お前は覚えてないだろうが‥‥。俺はお前に‥‥酷いことをした」 悟浄の記憶を取り戻すためとはいえ、義母の死を持ち出して悟浄に突きつけた。しかも、手酷い嘘までついてまで。 「俺は、お前の‥‥」
悟浄のあっけらかんとした声が、三蔵の思考を停止させた。 な、に、? あんぐりと口を開けたまま固まった三蔵の珍しい表情が余程ツボに嵌ったのか、悟浄はゲラゲラと指を指して笑っている。三蔵はそれを咎める気にすらなれない程に、混乱していた。 目の前の悟浄の様子から、村に入ってから三蔵が悟浄に行った仕打ちの全てを知っていることが伺えた。 ――――ならば、どうして悟浄が義母のことを? 考えるまでもなかった。残る可能性は、一つしかない。 「ぜんぶ思い出したぜ?‥‥おかげさんで、な」 ただ呆然とするしかない三蔵の前で、悟浄は笑んでいた。
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纏め前編(汗)です。後編がまた長いのよ…///