Give and Take(30)
明けない夜はないと、誰が言ったのだろう。
誰もが固唾を呑んで見守る中、彼の瞼は薄く開かれた。 「さ‥ぞ‥‥‥?」 それは、微かな声だった。 ベッドの脇で付き添う三蔵の、強張り続けていた肩から明らかに力が抜けたのを、背後から黙って見守っていた八戒、悟空、そして麗華は確かに見届けた。
悟浄が三蔵の腕の中で意識を失ってから、既に三日が経過していた。
そして今ようやく。 「あ‥、れ?オマエ、法衣着てる‥‥‥?」 不思議そうに、眇められる眉。 その優しい仕草に、悟浄の瞳が見開かれる。 「‥‥あ‥、もしかして、妖怪、退治‥‥したのか‥?」 思わず三蔵の背後から声を出した悟空を、シッ、と八戒が窘める。 どうやら悟浄の記憶は、かなり混乱しているらしかった。三蔵の記憶が失われたことは覚えているようだが、妖怪を倒した辺りが既に曖昧なところをみると、この分では自分の身に降りかかった出来事は覚えていないのかもしれない。 「そか、オマエ‥‥、記憶、戻ったんだ‥‥!」 悟浄の顔に、抑えきれないといった笑みが弾けた。悟空や、かつて生活を共にしていた八戒ですら見たことのない無垢な笑顔だった。人はきっと、無くしてしまった大切なものを取り戻したとき、こんな顔をするのだろう。自分でも気付かないうちに。 悟浄が手を伸ばして首に齧り付いてくるのを、三蔵は身を屈めて迎え入れる。勿論、きつく抱きしめ返すことも忘れずに。 長かった。 「よか‥‥った‥‥‥。なんか俺‥スッゲ、怖ぇ夢、見てて‥」 術の名残か悟浄の言葉も仕草も、どこか幼い。 「オマエ‥‥に、言おうと、思ったコト‥‥が‥‥あったのに。あれ‥?何だっけ‥‥‥?」 宥めるように悟浄の耳元で囁いて、もう少し休めと悟浄の身体を静かにベッドへと下ろす。 「お前‥‥どした‥‥?」 三蔵はそこで初めて、自分の頬を濡らすものの存在を知った。 「どした‥‥?」 繰り返す悟浄の表情には、揶揄など欠片もない。 微かに笑む三蔵に、悟浄は怪訝そうに首を傾げる。 「俺も、夢を見ててな‥」 鼻先が触れる距離で、囁く。 「‥‥お前も?」 三蔵は重ねた手に力を込めた。全ての想いを、指先に込めて。
「悪い夢は、終わったんだ」
悟浄はきょとんとした表情でしばらく三蔵の顔を見ていたが、何を感じとったのかにこりと笑って再び三蔵に抱きついてきた。 おかえり――― 耳元で囁かれた言葉に、苦笑が漏れる。 「こっちの台詞だ、馬鹿‥‥」 小さく零して、紅い髪に顔を埋めた。
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久しぶりに三蔵様を泣かせてしまいましたが。(八戒兄さんも悟空君も麗華ちゃんも見てる前で;;)
あんだけ揉めたんだから、感激もひとしおだろうということでご容赦を。
ホント、長かったなぁ…。