Give and Take(29)

悟浄は、僧侶の言葉を何度も胸の中で繰り返した。
聞き違いじゃないかと、幻聴ではないかと、心配になったから。

「‥‥‥側に?」
「ああ」
「ずっと?」
「ああ」

何度確認しても足りないとばかりに問い返し始めた悟浄に文句も言わず、僧侶は悟浄の言葉ひとつひとつにきちんと頷いてくれた。こめかみへの小さな口付けのオマケ付きで。

 

ずっと、誰かに言って貰いたかった言葉。
こうやって、抱きしめられて、自分を愛してくれる誰かの胸で、思い切り泣きたかった。
今、それが与えられている。

 

今の自分でも構わないと。
離さないと。
何よりも、大切だと。
言葉だけではなく、その行動で、その態度で、そのすべてで示してくれたひと。

必死で作り上げてきた壁が一瞬で崩れ落ち、悟浄の心に温かな何かが流れ込む。堰を切ったように溢れてくる想いを、止められない。
 

思い出したい。
この人を、思い出したい。
この人と共に過ごした時間のすべてを、この手に取り戻したい。
 

欠けた時間の存在が許せない。それは、いっそ貪欲なほどの願い。

 

 

「う‥‥」

悟浄の口から、微かな呻き声が漏れた。

きた。
頭痛だ。

今まで何度も味わった痛み。だが、悟浄が自ら望んだ頭痛は、これが初めてだった。

「悟浄!?」

突然、苦しげに頭を抱えて震え始めた悟浄に、僧侶は焦った様子だった。悟浄の身体を支える僧侶の腕から、躊躇いのようなものが悟浄に伝わってくる。以前、僧侶から無理に与えられた頭痛。同じ事を繰り返してしまう事を、きっと僧侶は恐れている。僧侶自身が苦しみたくないというよりも、悟浄をこれ以上傷付けたくはないと考えて。
だから、悟浄は離れようとした僧侶の腕を引き止めた。

「キゼツ‥‥、しそうになった‥‥ら、アンタ‥‥が、止めて」

あの時みたいに、と無理に笑ってみせた悟浄に、僧侶はなんとも表現し難い複雑な表情を浮かべた。僧侶にとっては思い出したくない出来事なのだろう。悟浄にとってもそうだった。つい、さっきまでは。

「もう、‥‥次はねぇ‥‥よ。こんなの、何度も‥‥我慢、させんな‥‥よ」

だが、今は。僧侶の想いの深さを知ってしまった今は。
僧侶には申し訳ないが、もう一度だけ、協力して欲しい。自分の記憶を取り戻すために。
今度は自分も闘うから、と瞳で僧侶に訴えた。

「これ‥‥で、最後に‥しよ‥‥ぜ?どうなって‥も。‥‥だから‥‥ちゃん‥と‥‥見ててく‥‥れよ」

たとえ狂っても。
たとえ命を失っても。
思い出したい想いが、きっとあるから。
だから最後まで、ちゃんと見ていて欲しい。
最後まで、抱きしめていて欲しい。

 

悟浄の意思が伝わったのか、僧侶はきつく悟浄を抱きしめてくれた。
悟浄も僧侶の背に、そっと腕を回す。

―――――やっぱ、あったけぇのな。

この痛みと温かさを、懐かしいとさえ感じる。あの時と同じように、僧侶の低い声が何事かを唱え始めた。意識が暗闇に落ちそうになると痛みが倍増して引き摺り戻されるのも、前と同じ。
だが、以前と決定的に違うのは、悟浄の決意だった。

(負けるかよ‥‥ッ!)

悟浄は歯を食い縛って、断続的に襲う痛みにひたすら耐え続けた。

 

 

どのくらいの時間が経過したのか悟浄には分かる筈もない。
突然、突き刺すような痛みが痺れに変わったと感じた瞬間。 

悟浄の世界は、純白となった。

 

 

 

 

 

 

 

白い場所だった。

ずっと悟浄はここに一人で居た。
いつから居るのか、覚えていない。何故ここに自分が居るのかも、分からない。
だが、ずっとここで、一人きりだった。

だが突然、それは起こった。
どこからか光が差し込んできたかと思うと、悟浄の頭上を二羽の鳥が連れ立って飛び去っていった。その仲睦まじい姿を目で追って、悟浄は目を細めた。
ああ、と悟浄は思った。
あの鳥を、俺は知ってる。良かった、ちゃんと巡り会えたんだな、お前ら。

 

―――じょう。

不意に、声が聞こえた。

―――悟浄。

誰かが呼んでいる。とても懐かしい、誰か。
 

「そ、だ‥‥」

今から、帰るよ。
お前のところに。あの鳥のように。

お前に言いたいことが、あるから。

 

 

 

 

 

 

 

不意に、苦しんでいた悟浄が静かになった。
気を失ったわけではない。瞳は見開いたまま、焦点の定まらない視線を宙に泳がせている。
三蔵は、唱えていた真言を止め、悟浄の瞳を覗き込んだ。

「悟浄?」

呼びかけても反応はない。身体からは力が抜け、三蔵が支えていないとふにゃりと崩れ落ちてしまう。
三蔵の背中に冷たい汗が流れる。

「悟浄、悟浄!」

何度も揺さぶり、声を荒げる。
だが、悟浄はまるで人形のように動かない。瞬きすらしていなかった。
思わず、三蔵は悟浄身体を掻き抱いた。

「頼む‥‥頼む!悟浄!頼む!」

三蔵は悟浄の身体を抱き締めて、叫んだ。
応える腕はない。だが、三蔵は悟浄の身体を抱き締め続けた。
悟浄が望んだとおりに。

最後まで。
 

 

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作中の三蔵様の台詞「頼む」が本誌の悟浄さんの台詞と被ってますが…(汗)
この部分はこの話を考えた頃から出来ていた部分ですので、あえて変更はしませんでした。ご勘弁を///
それもあの号を読んでヘコんだ原因のひとつだったり。

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