Give and Take(28)
「へ?」
目覚めて最初に悟浄がしたことは、瞳を真ん丸にして、大きく口をぽかんと開くことだった。 見慣れた天井から、ここが宿の一室で、いつの間にか運ばれてきたらしい自分がベッドに寝かされていることは理解できた。 「‥‥‥‥バカ面だな。起きたんなら顔でも洗ってこい」 目の前でふんぞり返っているのは。 ――――正真正銘、あの金髪の僧侶だった。 いっそ夢だと言って貰った方が納得できただろう。いや、幻覚だということもあるかもしれない。 「な‥‥んで‥‥?アンタが‥、ココにいるんだよ‥‥‥?」 僧侶の返答に、再び悟浄はあんぐりと口を開ける羽目になった。 「なんで‥‥っ!」 文句を言おうとした矢先に出鼻を挫かれ、悟浄は言葉に詰まった。じろりと睨まれて、何故か怯んでしまう。 「一体いつになったら連れてけと言い出すか待ってれば来ねぇし、朝一番に麗華には怒鳴られるし、痺れを切らせて部屋に踏み込んでみりゃあテメェは居やがらねぇし、見つけたと思ったら泥だらけで倒れてやがるし‥‥ったく朝っぱらから手間かけんじゃねぇよ」 クソ重たかったと愚痴られて、悟浄は倒れていた自分をここまで運んだのがこの僧侶なのかと正直驚いた。 「まさか、本気で俺と離れるつもりだったのか?甘ぇんだよ」 そんな勝ち誇ったような表情をされても、悟浄も困る。 「けど、それじゃアンタが‥‥」 悟浄を旅から外せという命令に背けば僧侶には失うものがあるのだと、悟浄は漏れ聞いた会話から推測していた。そしてそれは、僧侶にとっては大切なものであるのだろうと理解してもいた。 「肩書きなんざなくたって、俺は俺のしたいことをやるだけだ」 真っ直ぐに悟浄を射抜く紫の瞳から、目が離せない。強い瞳だった。僧侶の本気が、瞳から、全身から、ひしひしと悟浄にも伝わってくる。 「来い、悟浄」 それは、確かに前にも聞いた覚えのある台詞。 「俺と来い。例えこの経文を返上して三蔵法師でなくなったとしても、俺は旅を続ける」 瞳と同じく、強い言葉だった。 「ただし自分の身は自分で守れ。俺は師から受け継いだ経文を取り返す役目を、他の誰にも渡す気はねぇ。それが変わらねぇ限り、妖怪にも狙われ続けるだろうからな」 例えどんな強大な障害が、彼の目の前に立ちはだかっていたとしても。 「強引に連れてくのに、そこらへんのフォローはナシかよ」 悟浄は自分の頬に熱を感じた。 「汚ェ‥‥」 例の書状が届けられた後、僧侶が最初から悟浄を手放す気がないと宣言しなかったのは、悟浄から逃げ場を奪うためだったのだと気付いても遅い。自分から言い出した以上、どんなに無様だろうが苦しかろうが、旅を放り出して逃げるという情けない真似は真っ平だと意地になるだろう悟浄の性格を、僧侶にはしっかり把握されているらしい。 悟浄が俯いてシーツに埋もれたままでいると、僧侶が座っていた椅子から立ち上がり、そのまま悟浄のベッドに腰掛ける気配がした。ベッドが沈む感触に、悟浄は僅かに緊張した。 「‥‥‥俺、アンタの好きな『悟浄』じゃねぇのに」 シーツ越しのくぐもった声で、悟浄は呟く。 「残念ながら手遅れだ。テメェにだってとっくに惚れてる」 それでも、僧侶が自分を求めてくれていることは真実だと思えるから。 「俺がアンタに惚れないかもしんないよ?」 僧侶は、悟浄を驚かさないようにだろうか、やけにゆっくりと悟浄の頭を引き寄せ、自分の肩口にと押し当てた。 「離れてたら、俺はお前の声を聞いてはやれねぇから」 耳元で聞こえる僧侶の声。 「直接声が聞こえるところに、―――――側にいるしかねぇじゃねぇか」 悟浄は深紅の瞳を、見開いた。
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三蔵様は麗華さんに怒られたのね…(笑)