Give and Take(25)
深夜、微かなノックの音で、麗華は目覚めた。 「はい?」 厚手の上掛けを羽織り、麗華が扉へ近付いて小声で応答すると、やはり小声で返答が返ってきた。 「悟浄さん?どうしたの、こんな夜遅く」 急いで扉の鍵を外し扉を開くと、真夜中の来訪者が困惑した表情で立ち竦んでいた。 「‥‥‥‥あのさ‥‥」 沈黙の返答。 「とにかく入って?ここじゃ風邪ひいちゃうわ」 言い難そうに俯いてしまった悟浄を、麗華は部屋の中へと誘った。 「お茶でも飲む?それとも、お腹が減った?」 昼間の騒動の後、悟浄は自分の部屋に閉じこもり、夕食にも姿を見せなかった。どこか落ち着かない様子の悟浄を麗華が気遣うと、悟浄は慌てて首を振る。 「あ、ううん、いらない。‥‥‥‥あのさ、姉ちゃん‥‥」 悟浄の様子がおかしい。 「ね。一緒に寝よっか?」 バッ、と悟浄が顔を上げる。 「いいの!?」 悟浄の顔に、見る間に喜色が走った。 麗華の前で、悟浄は幼い子供の顔を見せている。
シングルのベッドからはみ出さないようにするために、麗華と悟浄は殆ど抱き合うようにしてシーツに包まるしかなかった。 悟浄が、もそりと身じろぎをした。 「どしたの。眠れない?」 ぽつ、ぽつと紡がれる言葉は、やはりどこか頼りなくて。 「――――三蔵様のことね?」 麗華の口から出た名前に、悟浄がびくりと身を震わせたのが密着した肌から伝わってきた。 今日、僧服を纏った使いが三蔵を訪ねてきた。何の用事だったのか、それから何が起こったのか、詳細は麗華も知らない。悟浄が部屋に閉じこもってしまった事実と、残された三人の重苦しい空気が、麗華に事の次第を確認させるのを躊躇わせたのだ。ただ、明日の朝食を早めにと依頼された時に、八戒と悟空の表情が歪んだように見えただけだ。 「ね。昼間、何があったの?」 麗華が静かに促すと、悟浄はようやく重い口を開いた。
『‥‥‥悟浄‥‥』 いつも優しく悟浄を見つめていた翠の瞳が、今は驚愕に見開かれている。急に開かれた扉に、悟浄は立ち竦むしかなかった。 『行けよ』 とりあえず笑った。どうすればいいのか分からなかったからだ。ただ、漏れ聞こえてきた三人の会話から、自分が捨てられるらしいということだけは明確に理解していた。 『行って、代わりの奴と旅を続けなよ。今まで世話になってさんきゅ。俺、ここに残るよ。何とかするよ、俺はひとりで大丈夫だからさ』 悟浄は一気にそれだけを口にすると、八戒にくるりと背を向けた。 『待ちなさい悟浄、僕たちは―――!』 八戒の言葉を遮った。これ以上、何も聞きたくなかった。 『‥‥‥言い訳なんか、聞きたくねぇよ‥‥‥!』 声が、震えるのは何故だろう。身体が、震えるのは何故だろう。 『―――――どうして優しくなんかしたんだよ!?どうして側にいろなんて言ったんだよ!?どうせ捨てるのに!分かってたのに!』 問いかけながらも、悟浄は八戒が口を開く暇を与えなかった。答えを聞くのが怖かった。声に嗚咽が混じるのを止められない自分が、情けなかった。 『どうして、抱きしめたりしたんだよ‥‥』 それは、八戒に対しての呟きか、それとも僧侶に対してのものなのか。悟浄にも答えは出ない。答えを出す気にもなれない。 『いずれ捨てられる』 あの妖怪の言ったことは正しかった。それだけだ。 涙なんか出やしない。ただ、少し疲れただけだ。疲れて、視界が滲んでくるだけ。 だが、きつく閉じた瞼の裏側に浮かぶのは、あの僧侶の紫の瞳。 抱きしめられた温かい腕と照れ隠しの仏頂面が、確かにあった。 ―――――もう、やめてくれよ。 悟浄は幻影を振り払うように、シーツの中で頭を振った。
もう、たくさんだ。
知らなければ、ひとりで生きていけたのに。
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麗華かよ!?という皆様のお声が聞こえてきそうな展開///