Give and Take(24)

きっちり二人分の足音が、ばたばたと廊下を駆けてくる。そのあまりの忙しなさに、三蔵は眉を顰めた。

「あのな!あのなぁ!」
「聞いて聞いて!!」

二人分の大声と共に扉が開く。

「喧しい!」

案の定、三蔵の部屋に競うように顔を覗かせた悟空と悟浄の頭に、きっちり同じだけの衝撃が伝わるようにハリセンを見舞って、三蔵は自分のベッドに戻り腰掛けた。部屋に来ていた八戒も、苦笑している。
だが、二人はそんなことにへこたれず、まっすぐに三蔵に詰め寄ってきた。

「すっげーんだ!悟浄がさ!」
「ちょこっとな、ちょこっとだけなんだけどな!」

喧しく騒ぎ立てる口に右と左を挟まれて。とんでもない不協和音が三蔵の脳天を直撃する。

「煩ェっつってんだろうが!ひとりずつ言え!」

またしてもハリセンを取り出そうとする三蔵を、まぁまぁと翠の瞳が宥める。

「二人とも、何をそんなに興奮してるんですか?じゃあ、悟浄から言ってごらんなさい?」

さすが現役の保父さんを自称するだけのことはある。にっこりとした笑顔に懐柔されたのか、悟浄は嬉しそうに声を張り上げた。

「俺、ちょっと出せたんだよ!長いやつ!」
「は?」
「長くって、じゃらじゃらしたやつ!なんてったっけ、アレ?」

要領を得ない悟浄の言葉に焦れたのか、横から悟空が口を挟んだ。

「錫丈だよ!一分ぐらいだったけど、悟浄、錫丈出せたんだよ!」

三蔵と八戒は、思わず息を呑む。

「―――本当か」

三蔵は銜えていた煙草を取り落としそうになった。八戒も隣で固唾を呑んで見守っている。

「マジだって。な?」
「へっへー」

嬉しそうに顔を見合わせて笑う悟空と悟浄を横目に、三蔵と八戒も視線を交わしていた。
三蔵が時間をかけると覚悟を決めた今、最大の問題は今後の任務の遂行である。図らずも妖怪たちに狙われる立場に身を置く三蔵一行の中にあって、身を守る術を持たない悟浄を連れて旅を続けるのはあまりにも危険すぎた。悟浄を庇いながらの戦闘は、悟浄にも、また三蔵たちにとってもリスクが大きすぎる。
だが、悟浄が闘い方を覚えるのであれば。自分の身を自分で守れるようになってくれれば。
大きな問題はなく、このまま旅を続けられる。

「じゃあ、これからもっと練習しなきゃですね」
「おう!」

八戒の言葉に大きく頷く悟浄に、自然と場の空気が和む。はしゃぐ悟空と悟浄を、穏やかに見つめる八戒。そして、三蔵の瞳もまた、柔らかな光を宿していた。
誰もが、希望という単語を久しぶりに思い出していた中。

「あの、失礼します。三蔵様‥‥、お客様がおみえになってます」

開け放たれたままだった扉から、麗華の遠慮がちな声がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

客は、隣の町の寺院から来た僧侶だった。
まだ若い修行僧は手早く用件だけを済ませ、足早に立ち去って行った。
僧侶から手渡されたのは、一通の書状。目を通していた三蔵の顔が、見る見る険しくなる。

「三仏神からの書簡だ」
「‥‥何て?」

三蔵の様子にから、その内容があまり芳しいものではないということは容易に知れた。

「とっとと出発しろ、だそうだ」

差し出された書簡を八戒は受け取った。目で追って、眉を顰める。

「沙悟浄の記憶回復が望めないならば、要員の交代も視野に入れ今後の任務遂行に支障無きよう配意されたし―――?」

部屋にいた悟空も、八戒の音読に息を呑む。

「つまりは、悟浄と他の誰かを交代させろと?悟浄をひとり置いて行けと言うんですか!?」
「しっ!八戒、声大きい!」

珍しく声を荒げた八戒に、慌てた悟空が急いで隣の部屋の方向に視線を走らせた。だが、席を外させた悟浄がいるはずの隣の部屋からは、何の物音もしない。八戒は軽く目を伏せて悟空に謝ると、それ以上書簡に目を通すことなく三蔵に突き返す。

「‥‥概要だけ教えてくださいますか。これ以上読むとキレそうですから」

三蔵は黙って八戒から書簡を受け取りはしたものの、自分が腰掛けているベッドの脇に無造作に放り出した。代わりに煙草を引き寄せる。

「とりあえず、近くの寺院まで出向けとのお達しだ。映像通信機器を使って三仏神へ謁見させるらしい。早速、明日の早朝の時間を指定された。向こうも痺れを切らせたようだ」
「もし行かなければ?」
「この任務から外されるだろうな」

マッチを擦る音と同時に淡々とした言葉とが綴られ、部屋にマルボロの香りが漂い始める。八戒が大きく嘆息した。

「そうきましたか‥‥」
「それって、もう旅が続けらんないってこと?」

悟空の問いかけに八戒は頷いたが、その表情は複雑なものだった。

「それだけじゃありません。いいですか、この旅は三蔵が『三蔵法師の任務』として受けたものです。命に背いてそれを外されるということは」
「―――あ!」

つまり、三蔵法師の位も失うということに他ならない。事の重大さをようやく理解した悟空の顔色も、瞬時に変わる。ただ、三蔵だけはいつも通りの無表情を崩さず、その心中を判断することは二人には出来なかった。
三蔵はゆっくり紫煙を吐き出した。

「指定された時間だと、明日は夜明け前に発たんと間に合わんな。お前らも一緒に連れてくるようとの事だ。向こうが用意した代替要員とでも顔合わせさせて、そのままなし崩しに旅立たせるつもりだろう。‥‥悟空、今夜は早く休めよ」
「‥‥へ?」
「三蔵‥‥?」

八戒と悟空が、呆けた表情で三蔵の顔を見る。
三蔵が何を言ったのか、二人には咄嗟に理解できなかった。三蔵は既にこの話題に興味を失ったかのように、近くの新聞に手を伸ばす。

「聞こえなかったのか?朝早くに寺院に出向くんだろうが。何時に寝ようとお前らの勝手だが、後で眠いとかほざいても知らんぞ」
「ちょ、ちょっと待てよ三蔵!」
「貴方ひょっとして本当に悟浄を置いていくつもりじゃ―――!」

焦った二人は同時に三蔵に詰め寄る。
そして、突然に振り返ったのも二人同時だった。

行動を起こしたのは、八戒の方が早かった。無言で扉に駆け寄り、思い切り開け放す。
そして、息を呑んだ。

――――そこには、悟浄が立っていた。

まるで最初に目覚めたときのような。
自分に害をなす敵へと向ける眼差しを、隠さずに。

 

 

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最終章に突入です。

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