Give and Take(16)
「あれ?どっち行ったんだろ」 悟空たちを追いかけようと宿を飛び出したまでは良かったが、どちらに向かったものかさっぱり分からない。 「ドジ踏んでたら、笑ってやんなきゃな」 そう、自分は僧侶に仕返しをしたいのだ。それだけだ。 あいつは、嘘つきだ。 『三蔵は悟浄を助けるために』 ついさっき、悟空が必死に言い募っていた台詞が、ふと脳裏を掠めたが、悟浄は慌てて頭を振ってそれを追い出した。 『一番大事だから』 ‥‥‥‥騙されるもんか。 頭痛は、いつの間にか消えていた。
「こんな雑魚の妖怪に何やってんだよー。だからまだ出歩くのは無理だって言ったじゃん」 森の結界が無くなって、自由な往来ができるようになったのは人間だけではなかったようだ。どこから湧いたものやら、久し振りに聞く『三蔵一行、覚悟ォ!』のフレーズも声高らかに、うじゃうじゃと出るわ出るわ、妖怪のオンパレードである。 「はぁぁ〜。俺せっかく朝飯食ったばっかなのに、また腹減っちまう〜」 所詮、雑魚は雑魚。三蔵たちの敵ではない。最初こそ動きの鈍かった三蔵だが、勘を取り戻したのか次々と妖怪を撃ち抜いていく。 (‥‥‥‥‥‥?) ふと、遠くで何かを感じた気がした。僅かに気を散らしたのを察したのか、目敏い八戒が三蔵の背後につけてくる。 「三蔵?どうしました?」 三蔵の言葉に、八戒は眉を顰めてぐるりと辺りを見回した。 「‥‥‥妖気なら、満載ですが」 八戒の言うとおり、目の前はあたり一面妖怪の群れだ。うんざりするほどの妖気が、周囲に充満している。 「よそ見してる場合じゃなさそうですよ?」 息をつく間のないほどの攻撃に晒されて、三蔵は目の前の敵に全神経を集中せざるを得なかった。
一方、三蔵が闘っている地点からは、かなり離れたとある場所では。 ひとりの妖怪が、土下座していた。
「た、頼む!見逃してくれよぉ!」 降って湧いたような妖怪との遭遇。 「さ、沙悟浄だろ、アンタ」 悟浄は今までに悟空からも八戒からも、自分たちが続けてきた旅の目的は聞かされていたし、刺客を名乗る妖怪たちの襲撃の話も知っている。 「あ、俺ちょっと急いでるから――――――、痛ッ!?」 銃声と、被さるような一際大きな破壊音に、悟浄は思わずそちらの方向に意識を奪われた。その一瞬だった。 「マジかよ‥‥‥?こんな隙だらけで背ぇ向けるたぁ」 腹を、背を、胸を、頭を。妖怪は容赦ない蹴りを悟浄に繰り返す。悟浄は無意識に身体を丸め、必死に痛みから身体を守った。 「今まで散々、俺ら妖怪を殺してくれたってなぁ?」 言葉の間にも、妖怪は悟浄を蹴る足を止めない。最初に殴られた頭への衝撃が効いているのか、いまひとつ身体の自由がきかなかった。手足が痺れるような感覚に、気ばかりが焦る。このまま蹴られ続けていればまずいとは分かっているが、身体が鉛のように重い。 「けどお前も馬鹿だよなぁ、同じ妖怪の俺ら裏切って人間に味方してよぉ?それってアレか?よっぽど具合いいのか三蔵様は?」 妖怪の足が、悟浄の腹に一際強くめり込んだ。衝撃で悟浄の長身がごろごろと転がる。身体を曲げて苦しげに咳き込む悟浄のこめかみを、妖怪は踏んづけた。 「ちゃーんと知ってるぜぇ?お前、三蔵法師とデキてるんだって?馬鹿じゃねぇのか、どうせ捨てられるに決まってんのによ。まさか、いつまでもずっとアナタのお側に〜♪なんて夢見てるワケじゃねぇだろ?」 悟浄が弱々しく手を挙げて、頭を抑えつける妖怪の足を引き剥がそうとする。それをあざ笑うかのように、妖怪は悟浄の頭を思い切り踏みにじった。 「大体、考えてもみろよ?相手は人間、おまけに最高僧様だぜぇ?俺ら妖怪なんざ本気で相手にするわけねぇだろが?用が済んだら、はいオシマイ。ヘタすりゃ邪魔だっつーて殺されるのが関の山だぜ。自分だけは大丈夫だなんて思うなよ?今だって妖怪ブッ殺してる最中なんだからな、あの坊主」 妖怪の言葉に呼応するように、遠くでまたひとつ銃声が響いた。 「ま、安心していいぜ?テメェは捨てられやしねぇよ。捨てられる前に、ここで死ぬんだからよぉ!」 勝ち誇った高笑いを上げて、妖怪は再び悟浄を蹴りつけ始める。
――――助けて。
悟浄にとっては、いわれのない暴力だった。妖怪が言っていることも、漠然としか理解できない。ただひとつ分かった事は、自分があの僧侶と一緒にいるということは、やはり自然なことではないらしいということだった。
――――助けて。誰か、助けて。
痛みの中、心の中で知らない誰かに助けを求める。母も兄もいないのだと悟った今、呼ぶべき人物を悟浄は持たなかった。
――――誰か。
それは確かに特定の人物に向けて求めた助けではなかった筈だった。
「すげぇ!俺が沙悟浄をやってるぜ!すげぇ!ひゃはは!」
妖怪の耳障りな哄笑が、おぼろげにしか聞こえない。視界は既に霞んでいた。
『三蔵は悟浄が大事だから』
――――本当に? 悟浄は無意識に問いかける。
もし――――、もしも、アンタが俺をホントに大事だと思ってるなら。 今、すぐにここに来て。俺を。
タスケテ。
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実はピンチなのは悟浄さんでした。