Give and Take(16)

「あれ?どっち行ったんだろ」

悟空たちを追いかけようと宿を飛び出したまでは良かったが、どちらに向かったものかさっぱり分からない。
僧侶に何か起こったらしいという事は、先程の悟空の様子から察していたが、何故、追いかけようと思ったのかを突き詰めて考えると嫌な結論に達しそうな気がして、悟浄は敢えて考えないようにした。

「ドジ踏んでたら、笑ってやんなきゃな」

そう、自分は僧侶に仕返しをしたいのだ。それだけだ。

あいつは、嘘つきだ。
目的はどうあれ、母さんが俺を憎んで死んでいったのを知ってて、俺を騙した。おまけに殺されるかと思ったほどの目に合わされもした。

『三蔵は悟浄を助けるために』

ついさっき、悟空が必死に言い募っていた台詞が、ふと脳裏を掠めたが、悟浄は慌てて頭を振ってそれを追い出した。

 
どうだかわかんねぇよ。
あん時だって俺が泣いてたのを見て、きっと心の中では笑ってた。そうに決まってる。騙されるものか、絶対に。
 

『一番大事だから』
 

‥‥‥‥騙されるもんか。

 
じんとした痛みが、頭の奥に広がる。悟浄が頭を振って痛みをやり過ごそうとしていると、突然、遠くで響いた銃声が鼓膜を震わせた。
瞬間、頭の中が真っ白になる。
無意識の焦燥に背を押され、悟浄は弾かれたように駆け出していた。

頭痛は、いつの間にか消えていた。

 

 

 

 

 

 

「こんな雑魚の妖怪に何やってんだよー。だからまだ出歩くのは無理だって言ったじゃん」
「煩せぇな。ちょっと油断しただけだ」
「その『ちょっと』で死ぬところですよ?まったく、悟空が気付かなかったらどうなってたか。少しは反省してください」

森の結界が無くなって、自由な往来ができるようになったのは人間だけではなかったようだ。どこから湧いたものやら、久し振りに聞く『三蔵一行、覚悟ォ!』のフレーズも声高らかに、うじゃうじゃと出るわ出るわ、妖怪のオンパレードである。

「はぁぁ〜。俺せっかく朝飯食ったばっかなのに、また腹減っちまう〜」
「別に頼んでねぇよ」
「はいはい、いいから手を動かしてください二人とも」

所詮、雑魚は雑魚。三蔵たちの敵ではない。最初こそ動きの鈍かった三蔵だが、勘を取り戻したのか次々と妖怪を撃ち抜いていく。

(‥‥‥‥‥‥?)

ふと、遠くで何かを感じた気がした。僅かに気を散らしたのを察したのか、目敏い八戒が三蔵の背後につけてくる。

「三蔵?どうしました?」
「いや‥‥‥、妖怪の気配が」

三蔵の言葉に、八戒は眉を顰めてぐるりと辺りを見回した。

「‥‥‥妖気なら、満載ですが」

八戒の言うとおり、目の前はあたり一面妖怪の群れだ。うんざりするほどの妖気が、周囲に充満している。
三蔵は自分が感じた気配の元を探ろうとしたが、充満した妖気の中からでは容易ではない。おまけに、次から次へと繰り出される妖怪の攻撃に邪魔される。

「よそ見してる場合じゃなさそうですよ?」
「―――チッ」

息をつく間のないほどの攻撃に晒されて、三蔵は目の前の敵に全神経を集中せざるを得なかった。

 

 

 

 

 

一方、三蔵が闘っている地点からは、かなり離れたとある場所では。 

ひとりの妖怪が、土下座していた。

 

「た、頼む!見逃してくれよぉ!」
「はぁ?」

降って湧いたような妖怪との遭遇。
実際、その妖怪は横の土手から滑り降りてきて、悟浄の目の前に『降って』きたのだが―――――。自分の姿を認めるや否や、急に縮こまってへこへこと卑屈な態度を取り始めた妖怪を前に、悟浄はただ立ち尽くしていた。
妖怪が何をやっているのか、全くわからない。
きょとん、と自分を見つめる紅い瞳に、妖怪も違和感を感じたようだ。恐る恐る、顔を上げる。

「さ、沙悟浄だろ、アンタ」
「そうだけど、あんた誰?」
「誰って‥‥‥」
「何で俺のこと知ってんの?アンタも俺の知り合いなの?」
「‥‥‥‥‥‥もしかして、分かんねぇ‥‥とか?」

悟浄は今までに悟空からも八戒からも、自分たちが続けてきた旅の目的は聞かされていたし、刺客を名乗る妖怪たちの襲撃の話も知っている。
だが、あくまでも知識として知っているだけだった。今までに聞いた話と、自分が置かれている状況が上手く連動していなかった。
コクリと頷く悟浄を、不審そうな目が見上げている。その間も、徐々に近付きつつある銃声はひっきりなしに響いている。

「あ、俺ちょっと急いでるから――――――、痛ッ!?」

銃声と、被さるような一際大きな破壊音に、悟浄は思わずそちらの方向に意識を奪われた。その一瞬だった。
後頭部を襲った衝撃と共に、悟浄の身体は地に伏していた。間髪いれず、頭を抱え呻く悟浄の脇腹を襲う鈍痛。妖怪の男に殴り倒され、蹴られているのだと、咄嗟に理解出来なかった。

「マジかよ‥‥‥?こんな隙だらけで背ぇ向けるたぁ」

腹を、背を、胸を、頭を。妖怪は容赦ない蹴りを悟浄に繰り返す。悟浄は無意識に身体を丸め、必死に痛みから身体を守った。

「今まで散々、俺ら妖怪を殺してくれたってなぁ?」
「‥‥‥知ら‥‥な、いっ‥‥」
「マジでわかんねぇみてえだな。武器も出せねえのか?へへ、一体何があったのか知んねぇが、まったく好都合だぜ。‥‥‥じっくり嬲り殺してやる」

言葉の間にも、妖怪は悟浄を蹴る足を止めない。最初に殴られた頭への衝撃が効いているのか、いまひとつ身体の自由がきかなかった。手足が痺れるような感覚に、気ばかりが焦る。このまま蹴られ続けていればまずいとは分かっているが、身体が鉛のように重い。

「けどお前も馬鹿だよなぁ、同じ妖怪の俺ら裏切って人間に味方してよぉ?それってアレか?よっぽど具合いいのか三蔵様は?」
「‥‥‥え‥‥?」

妖怪の足が、悟浄の腹に一際強くめり込んだ。衝撃で悟浄の長身がごろごろと転がる。身体を曲げて苦しげに咳き込む悟浄のこめかみを、妖怪は踏んづけた。

「ちゃーんと知ってるぜぇ?お前、三蔵法師とデキてるんだって?馬鹿じゃねぇのか、どうせ捨てられるに決まってんのによ。まさか、いつまでもずっとアナタのお側に〜♪なんて夢見てるワケじゃねぇだろ?」
「‥‥‥」

悟浄が弱々しく手を挙げて、頭を抑えつける妖怪の足を引き剥がそうとする。それをあざ笑うかのように、妖怪は悟浄の頭を思い切り踏みにじった。

「大体、考えてもみろよ?相手は人間、おまけに最高僧様だぜぇ?俺ら妖怪なんざ本気で相手にするわけねぇだろが?用が済んだら、はいオシマイ。ヘタすりゃ邪魔だっつーて殺されるのが関の山だぜ。自分だけは大丈夫だなんて思うなよ?今だって妖怪ブッ殺してる最中なんだからな、あの坊主」

妖怪の言葉に呼応するように、遠くでまたひとつ銃声が響いた。

「ま、安心していいぜ?テメェは捨てられやしねぇよ。捨てられる前に、ここで死ぬんだからよぉ!」

勝ち誇った高笑いを上げて、妖怪は再び悟浄を蹴りつけ始める。
咳に血が混じったのが悟浄にも分かった。幾度となく腹を蹴られたせいで、内臓が傷付いたのかもしれない。徐々に、意識が朦朧としてくる。

 

――――助けて。

 

悟浄にとっては、いわれのない暴力だった。妖怪が言っていることも、漠然としか理解できない。ただひとつ分かった事は、自分があの僧侶と一緒にいるということは、やはり自然なことではないらしいということだった。

 

――――助けて。誰か、助けて。

 

痛みの中、心の中で知らない誰かに助けを求める。母も兄もいないのだと悟った今、呼ぶべき人物を悟浄は持たなかった。

 

――――誰か。

 

それは確かに特定の人物に向けて求めた助けではなかった筈だった。
だが、いつの間にか悟浄の脳裏には金のイメージが広がっていた。一度だけ感じた僧侶の胸の温かさに、悟浄は無意識に縋っていた。

 

「すげぇ!俺が沙悟浄をやってるぜ!すげぇ!ひゃはは!」

 

妖怪の耳障りな哄笑が、おぼろげにしか聞こえない。視界は既に霞んでいた。

 

 

『三蔵は悟浄が大事だから』

 

――――本当に?
 

悟浄は無意識に問いかける。 

 

 

 

 

もし――――、もしも、アンタが俺をホントに大事だと思ってるなら。

今、すぐにここに来て。俺を。

 

タスケテ。
 

 

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実はピンチなのは悟浄さんでした。

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