Don’t cry(4)

「ああ、イイぜ‥‥すげぇな、お前‥‥」
荒い息が、淀んだ部屋の空気を震わせている。

「これじゃあ‥‥あの坊主が骨抜きになるのも‥‥無理もねぇ‥‥」

妖怪は恍惚とした表情を浮かべ、悟浄の愛撫を堪能している。
悟浄は冷静に妖怪の姿を分析しながら、徐々にそのスピードを早めていった。とにかく、急がなくては。

最短の時間で、最高の快楽を。
悟浄の頭には、妖怪を陥落させて解毒剤のありかを吐かせる事しかない。
手を使い、舌を使い。
持てる技術の全てを総動員して、自分のツボを刺激してくる悟浄に、妖怪は酔いしれた。

「た‥‥まんねぇ‥‥ぜ、もう‥‥」

荒い息とビクビクと脈打つソレが、妖怪の限界が近い事を悟浄に教える。口から抜こうとすると、妖怪は悟浄の頭を押さえ、さらにソレをぐいぐいと押し付けてきた。

―――飲め、ってか

三蔵との行為の時でさえ、滅多にやらない事をこんな奴に‥‥!
この屈辱は後で万倍にして返してやる。悟浄は口に含んだモノを噛み切ってやりたい衝動に、必死で耐えた。
 

と、妖怪の体が、大きく震える。
 

―――来る!
 

悟浄はきつく目を瞑り、口内に来るはずの妖怪の迸りへの嫌悪感と闘った。
何か、音がしたような気がしたが、それを気にする余裕は無かった。
 

 

 

だが、予想に反して、妖怪の熱はいつまでたっても噴出する気配が無く、それどころか悟浄の口の中で心なしかその強度をも弱めたような気がする。

「?」
 

恐る恐る目を開いて顔を上げると、目の前の妖怪の顔が、先ほどまでとは変わっていた。いや、顔が変わったというよりも、頭全体の形から根本的に違う、というような‥‥。おまけに、眼球はせり出して、どこからか溢れ出した血が、悟浄の顔に降り注いでいる。思わず、口を離してその変わり果てた顔を見上げた。

ゆっくりと妖怪の体が傾ぎ、悟浄に向かって倒れこんでくるのを咄嗟に避ける。
倒れた妖怪の後頭部は、ぐしゃぐしゃに潰れていた。
 

悟浄には未だ、何が起こったのか分かっていなかった。
 

 

血を拭う事もせず、呆然と、視線を奥に移せば―――三蔵が、荒い息のまま、硝煙を上げる銃を構えていた。

「さ‥んぞ‥?」

何が、あったんだ?

目の前の現実が、事実としてうまく認識できない。
ようやく何が起こったのか理解した時には、絶望感がせりあがってきた。
ヤバい、涙が出そうだ。

何で、何で、何で!
混乱する思考の中、悟浄は、俯きながら、声を絞り出した。

「な‥んで撃ったんだよ‥‥?俺、大丈夫だったぜ‥‥?」
「‥‥‥だからだろ」

あのままお前を好きにされるなんざ、冗談じゃねぇ。言外にそう告げられて、悟浄の涙腺は再び刺激される。泣くな。泣いてる場合じゃない。

「そういうの‥‥時と場合を‥考えろよっ‥‥!」
「‥‥俺の、勝手だ」
「お前‥‥。実は、すっげー頭悪いだろ‥‥」
「‥‥そう‥‥かもな‥‥」

こんな時でなければ、悟浄は三蔵を殴り飛ばしていただろう。怒りに震える手を、悟浄は血が滲むほどに握りこんだ。

妖怪を殺したら、解毒薬の場所を聞き出すことが適わなくなる。そんなことは三蔵にも分かりきっていた。
だが、許せなかった。耐えられなかった。あの妖怪が悟浄に触れるのを、どうしても見ていられなかったのだ。気が付けば、そいつの頭を撃ち抜いていた。
そして、それを後悔していなかった。

三蔵の口元に満足げな笑みが浮かぶのを見た瞬間、悟浄は弾かれたように行動を開始した。
 

 

 

それからの悟浄の行動は素早かった。
まず、死んだ妖怪の体をあらためる。特に何も所持していない。だとすると、解毒薬はこのアジトのどこかに隠してある、という事だ。

「三蔵!お前そこから絶対動くなよ!」

言い置いて、悟浄は駆け出した。三蔵を助けるために。
妖怪が死んだ今、解毒薬を見つけて三蔵を救えるのは自分だけだ。泣くのは後だ。自分を責めるのも、後でいい。三蔵の命より、優先させる事なんて何ひとつない。
 

 

部屋という部屋の、ありとあらゆる戸棚をひっくり返し、悟浄は汗だくになって解毒薬を探した、が、一向にそれらしいものは見つからない。
最悪の予感が脳裏を掠める。

(解毒薬自体、作られていなかったら‥‥)

いや、と悟浄は即座にその考えを否定した。何故だか分からないが、あの妖怪は自分に固執していた。ずっと、手元に置くつもりだったのだ。自分に言うことを聞かせるために三蔵を利用するならば、死なせてしまっては意味がない。生かしてこそ、その利用価値がある。

必ず、解毒薬はあるはずだ。

考えろ。どこにある?自分だったら、どこに隠す?
簡単には見つけられないところ。で、安全な、意外性のある場所。

悟浄は、そこでふと手を止めた。
そして、ものすごい勢いで、部屋を飛び出した。
 

 

「悟浄‥‥?」
「悪ィ三蔵‥‥ちょっと、ここ見せて」

横たわる三蔵の体をそっと祭壇から下ろし、そこを調べる。
すると、ちょうど三蔵が横たわっていた部分の中心あたりに隠し扉のようなものが付いているのが見つかった。だが、複雑な構造になっているらしく、すんなりとは開いてくれそうに無い。

「早くしろ‥‥この‥‥能無し河童‥‥」
「だああっ!ウルセーぞハゲ坊主!黙ってろ!」

悪戦苦闘の末ようやく開いた扉の中には、小さな茶色の小瓶がひとつ、置かれていた。
液体が入っているが、ラベルも何も貼られていない。悟浄はそれを手に取った。
 

「あった‥のか‥?」

三蔵の顔色は、いまや土気色だった。もう、一刻の猶予も無い。

「これ、見つけたけど‥‥解毒薬かどうかはわかんねぇ。もしかしたら、違う毒かも知れねぇし」

例え解毒剤だったとしても、三蔵に使われた毒に効くものかどうかも不明だ。特別に調合したものだと、奴は言っていたのだ。

「‥‥寄越せ」
「三蔵‥‥」
「どのみち、このままじゃくたばるだけだ‥‥いいから、寄越せ」

苦しげに体を起こそうとする三蔵に、慌てて駆け寄る。悟浄は片手で三蔵の体を支えながら、促されるまま小瓶を三蔵の口元に運ぼうとして――――途中でその動きを止めた。

「‥‥?」
訝しげに見上げる三蔵の目の前で、悟浄はその小瓶の中身を煽る。

「おまえ‥っ‥!」

そのまま、三蔵に口移しで薬を飲ませた。目を見開いたままの三蔵は、力のこもらない腕で、それでも悟浄の体を引き剥がす。

「何、考えてやがるっ‥」
もし、これが毒だったら。悟浄も無事では済まない筈だ。

悟浄は、穏やかに笑って、こつんと額を三蔵に押し当てた。
「なーに心配してやがんだ?効くに決まってんだろが‥‥悟浄さんのハート入りスペシャル解毒薬だぜv」
「‥‥‥随分と‥‥胡散くせぇ薬だな‥‥」
「あ、ひでぇの」

合わされた額から、僅かに悟浄の震えが伝わってくる。

馬鹿野郎が。三蔵は悟浄の体を抱き寄せた。
悟浄は逆らわず、三蔵に体を預けてくる。それでも、三蔵に負担にならないよう、なるべく体重をかけないように気を配っているのが伝わった。
 

体を寄せ合って、二人は訪れる「結果」を待った。
 

 

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