Don’t cry(3)
悟浄が気が付いたときには、見覚えの無い部屋の中にいた。恐らくは、あの妖怪のアジト。 「三蔵!」 駆け寄ろうとした悟浄の耳に、不快な声がかけられる。 「どう?あれ、人間を食うときの、俺の食卓。雰囲気でるだろ?」 振り向けば、あの妖怪がニヤニヤと立っていた。 「おー怖。そんな睨むなよ。大丈夫、あの坊主がくたばるまでには、まだ時間あるから」 呆然と呟く悟浄の前で、妖怪は耳に障る笑い声を立てた。 「ああそうさ。例え『そんな事』でも、俺は自分の思い通りにいかねぇと耐えられねぇ性質でねぇ。ここでお前が逃げたりしたら、腹いせに、人間襲うかもしれねーなぁ」 笑いを収める事もせず、実に楽しそうに語る妖怪に、悟浄は吐き気を催した。 「俺も以前は人間と共存してたさ。やりたいことを我慢して人間の生活に合わせて。けどなあ、何故だか急に、どうでも良くなっちまったんだよなあ」 妖怪たちを襲った異変。自我を完全に失う者もいれば、強いものの傘下に加わる者もいる。目の前の妖怪は、どうやら違う意味での『自我』に目覚めたらしい。 「好きなことして、何が悪い?人間食って何が悪いんだ?弱いもんが強いもんに食われるのは、当然だろ。俺はもう何も我慢しねぇ。何で我慢してたのか、不思議で仕方がねぇよ。欲しいもんは必ず手に入れる。お前もそうさ。初めて見かけた時から、お前は俺のもんにするって決めてたんだよ」 街に入ったときから感じていた、あの視線。あれは、この妖怪のものだったのだ。 激しい後悔が、悟浄を襲う。 悟浄の心中を他所に、妖怪は悟浄に近付き、乱暴に押し倒した。抵抗するわけにはいかないが、性急に事を進めようと圧し掛かってくる妖怪を、悟浄は必死に押しとどめた。 「俺が黙って抱かれれば、三蔵は助かるんだな?」 全身を這い回る、妖怪の指に、どうしようもない嫌悪感が沸き起こる。 ‥‥‥悟浄の思考は、そこで中断された。妖怪の舌が、ねっとりと悟浄の首筋から顔へと這い上がってきたのだ。唇に吸い付かれて、反射的に歯を食いしばる。思わず、跳ね除けようと妖怪の体に手をかけた。 「三蔵様を、見捨てるのかなぁ?」 いとも楽しげに囁かれたその言葉に、悟浄の腕から力が抜ける。諦めたように僅かに開かれた唇から、遠慮なく舌が進入してきた。 いつもとは全く違う、慣れた煙草の匂いの無い口付け。体が熱くなることも無く、自分から求める事も無く。ただ妖怪の舌が蠢くのを、悟浄は他人事のように感じていた。 「そんな嫌そうな顔すんなよ、ちょっと前には喜んでたろ、お前」 カッと、頭に血が上った。そうだ、元はと言えば俺が騙されたばっかりに、三蔵をこんな目に遭わせてしまった。怒りが悟浄の頭を熱くする。 駄目だ、冷静になれ。 冷静さを失ったら、思う壺だ。落ち着け。いつでも反撃できるように、頭だけはクリアにしておかなくては。 「‥‥っ!」 体を這い回る指が下肢に伸ばされ、声にならない悲鳴が悟浄の喉から漏れる。 「思った通りだ、いい反応してくれるぜ‥‥」 自身を握りこまれ、悟浄はその屈辱と怒りで体を震わせた。 「どうした?そんな体硬くしてたら、ヨくなれねぇぜ?けど、三蔵様を助けて欲しかったら、俺を少しでも早くイカせた方がいいんじゃない?お前が自分で頑張って、俺を気持ちよく出来たら、気分良く三蔵様を助けてあげようって気になるかもよ?」
なんだ。早く言え、このクソ犬野郎。
悟浄は、正直ほっとしていた。 ―――例え三蔵に、後で何と罵られても、知ったことか。
「せいぜい、楽しませてくれよ」 「心配しなくても、すぐに俺なしじゃいられない体になるさ。じっくり、調教してやるからな。これからは、お前が俺の犬になるんだ」 妖怪の哄笑が、部屋中に響き渡る中――――悟浄はソレを、口に含んだ。
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ベタな展開に(以下同文)……。
一応悟浄さん大ピンチ編……でも、これって三蔵様がピンチなのかも。