Don’t cry(3)

悟浄が気が付いたときには、見覚えの無い部屋の中にいた。恐らくは、あの妖怪のアジト。
意識が覚醒すると同時に、三蔵を探す。
三蔵は、何やら怪しげな祭壇の上で、ぐったりと横たわっていた。

「三蔵!」

駆け寄ろうとした悟浄の耳に、不快な声がかけられる。

「どう?あれ、人間を食うときの、俺の食卓。雰囲気でるだろ?」
「‥‥っテメェ‥‥!」

振り向けば、あの妖怪がニヤニヤと立っていた。

「おー怖。そんな睨むなよ。大丈夫、あの坊主がくたばるまでには、まだ時間あるから」
「‥‥解毒薬はどこだ。俺に何をさせるつもりだ?」
「そうだな、じゃ、まず‥‥‥ヤらせて貰おうか」
「な、に?」
「抱かせろって言ったんだよ。初めて見たときから、気に入ってた」
「ちょっと待て、まさか‥‥」
「何かな?」
「そんな事のために、三蔵を‥‥?」

呆然と呟く悟浄の前で、妖怪は耳に障る笑い声を立てた。

「ああそうさ。例え『そんな事』でも、俺は自分の思い通りにいかねぇと耐えられねぇ性質でねぇ。ここでお前が逃げたりしたら、腹いせに、人間襲うかもしれねーなぁ」

笑いを収める事もせず、実に楽しそうに語る妖怪に、悟浄は吐き気を催した。

「俺も以前は人間と共存してたさ。やりたいことを我慢して人間の生活に合わせて。けどなあ、何故だか急に、どうでも良くなっちまったんだよなあ」

妖怪たちを襲った異変。自我を完全に失う者もいれば、強いものの傘下に加わる者もいる。目の前の妖怪は、どうやら違う意味での『自我』に目覚めたらしい。

「好きなことして、何が悪い?人間食って何が悪いんだ?弱いもんが強いもんに食われるのは、当然だろ。俺はもう何も我慢しねぇ。何で我慢してたのか、不思議で仕方がねぇよ。欲しいもんは必ず手に入れる。お前もそうさ。初めて見かけた時から、お前は俺のもんにするって決めてたんだよ」

街に入ったときから感じていた、あの視線。あれは、この妖怪のものだったのだ。
どうして気が付かなかったのか。もっと早く気付いていれば、三蔵をこんな目にあわせずに済んだのに。

激しい後悔が、悟浄を襲う。

悟浄の心中を他所に、妖怪は悟浄に近付き、乱暴に押し倒した。抵抗するわけにはいかないが、性急に事を進めようと圧し掛かってくる妖怪を、悟浄は必死に押しとどめた。
 

「俺が黙って抱かれれば、三蔵は助かるんだな?」
「言っとくが、お前に選ぶ権利は無いんだよ。お前は今から、俺のものだ。拒否すれば、三蔵法師は苦しみもがいて死ぬ。これからお前が俺の言うこと聞いてりゃ、生かしておいてやるよ」

全身を這い回る、妖怪の指に、どうしようもない嫌悪感が沸き起こる。
突き飛ばして、切り刻んでやりたい衝動を、悟浄は必死で抑えた。とにかく、三蔵を死なせるわけにはいかない。
解毒薬だ。
今はそれを手に入れることを考えろ。どこにある?それさえ分かれば。

‥‥‥悟浄の思考は、そこで中断された。妖怪の舌が、ねっとりと悟浄の首筋から顔へと這い上がってきたのだ。唇に吸い付かれて、反射的に歯を食いしばる。思わず、跳ね除けようと妖怪の体に手をかけた。

「三蔵様を、見捨てるのかなぁ?」

いとも楽しげに囁かれたその言葉に、悟浄の腕から力が抜ける。諦めたように僅かに開かれた唇から、遠慮なく舌が進入してきた。

いつもとは全く違う、慣れた煙草の匂いの無い口付け。体が熱くなることも無く、自分から求める事も無く。ただ妖怪の舌が蠢くのを、悟浄は他人事のように感じていた。
長い時間をかけて悟浄の口内を思うまま蹂躙し、妖怪は悟浄の唇をべろりと舐めた。まるで犬がそうするように。
悟浄の顔が、嫌悪で歪む。
妖怪は、勝ち誇った声を浴びせかけた。

「そんな嫌そうな顔すんなよ、ちょっと前には喜んでたろ、お前」

カッと、頭に血が上った。そうだ、元はと言えば俺が騙されたばっかりに、三蔵をこんな目に遭わせてしまった。怒りが悟浄の頭を熱くする。
 

駄目だ、冷静になれ。
 

冷静さを失ったら、思う壺だ。落ち着け。いつでも反撃できるように、頭だけはクリアにしておかなくては。

「‥‥っ!」

体を這い回る指が下肢に伸ばされ、声にならない悲鳴が悟浄の喉から漏れる。

「思った通りだ、いい反応してくれるぜ‥‥」

自身を握りこまれ、悟浄はその屈辱と怒りで体を震わせた。

「どうした?そんな体硬くしてたら、ヨくなれねぇぜ?けど、三蔵様を助けて欲しかったら、俺を少しでも早くイカせた方がいいんじゃない?お前が自分で頑張って、俺を気持ちよく出来たら、気分良く三蔵様を助けてあげようって気になるかもよ?」
 

 

なんだ。早く言え、このクソ犬野郎。

 

 

悟浄は、正直ほっとしていた。
自分が主導権を握るほうが、体力的にも時間的にも計算がしやすい。おまけに頭もクリアに保てる。
今まで自分は生きぬくために、色んな事をやってきた。屈辱的な目にあった事など、数知れない。勿論、そのまま黙っては終わらせなかったが。
これぐらい、なんてことは無い。こんな事で三蔵が助かるなら、安いもんだ。
感じたフリをするのなんて簡単だ。いくらでも腰ぐらい振ってやる。見てやがれ、速攻で天国見せてやるよ。絶対に解毒薬の在りかを吐かせてやる!

―――例え三蔵に、後で何と罵られても、知ったことか。

 

 

「せいぜい、楽しませてくれよ」
妖怪の言葉を合図に、悟浄は、ゆっくりと身を起こし、妖怪の下肢に顔を近付けた。
妖怪のものを取り出そうと手を動かす悟浄の頭を、妖怪の手がゆっくりとかき回す。

「心配しなくても、すぐに俺なしじゃいられない体になるさ。じっくり、調教してやるからな。これからは、お前が俺の犬になるんだ」

妖怪の哄笑が、部屋中に響き渡る中――――悟浄はソレを、口に含んだ。
 

 

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