Don’t cry(5)

八戒と悟空が、その妖怪のアジトを突き止めたとき、三蔵と悟浄が妖怪とともに姿を消してからかなりの時間が経過していた。
そこに足を踏み入れた二人の目に映ったのは、壁に寄りかかったまま目を閉じている悟浄と、悟浄の膝に頭を乗せ、横たわる三蔵の姿。

二人とも、動かない。

八戒と悟空は、その場で足を竦ませた。
近付いて、二人を起こさなければ。いつまでも、寝とぼけていないで、さっさと起きてくださいね。そう言わなければ。――――だが、もし、起きなかったら?
今まで感じたことのない寒気を覚え、八戒は抱え込むように自分の体を抱いた。

その横を、すり抜けるように悟空が前へ出る。

「ごく‥」
「起きろよ!」

悟空の叫びが、部屋中に響き渡った。

「起きろよ!二人とも!何、いつまでも寝てんだよ!西へ行くんだろ!?旅を続けるんだろ!?」

それは、悟空の心からの叫び。そばで聞いていた八戒の胸にも、容赦なく突き刺さる。
 

「起きろよおぉぉぉぉぉっ!!!!」
 

こんな悲しい叫びは、聞いた事が無い。八戒は、耳を塞ぎたくなる衝動に駆られた。
 

 

 

絶望が支配する空気を破ったのは、小さな、呟きだった。

「‥‥っるせーんだよ、馬鹿猿‥‥騒ぐな、頭に響く‥‥」
「三蔵!?」
「ふああああ、あーよく寝た、って‥あれ?八戒?」
「悟浄‥‥何やってるんですか‥‥?」
「え?何って‥‥」

あの薬を飲んでしばらくしたら、三蔵の呼吸が落ち着いてきて。穏やかに眠りに付いたのを確認したら、自分も眠くなって。それで。

「眠っちまったー、はははははv」
「ははははは、じゃないですよ。全く、貴方たちは‥‥」
「『たち』ってのは何だ。俺とこの馬鹿を一緒にするんじゃねぇ」
「俺だってお前と一緒だなんてゴメンだっつーの」

よく見ると、悟浄は血まみれで、三蔵はまだ顔色が悪い。だが悟浄の様子に逼迫したものが無く、三蔵の呼吸が穏やかになっている事から、最悪の状態を脱したのだとは推測できる。
向こうに転がっている妖怪の死体には目もくれず、八戒と悟空は二人に近付いた。

「あーあ。どっかの馬鹿ップルのおかげで、無駄に腹減った〜」
「「んだと?」」
「事実でしょ」

ばっさりと八戒に切り捨てられ、三蔵と悟浄は押し黙った。今回は、心配をかけてしまったという自覚がある分、分が悪い。
八戒と悟空にしてみれば、さんざん心配させられた挙句、鬱憤をぶつけるべき妖怪は既に絶命していて。多少の皮肉は当然の事だ。誰が素直に喜んでやるものか。

悟浄の手を借りながら、それでも自分の足で立ち上がろうとする三蔵に、何があったのか問いただしたくなるのを八戒は抑えた。とりあえず、この妖怪臭いアジトから出るのが先決だ。

「自分で歩くのは、まだ無理みたいですね。悟浄、三蔵を運んでください」
「あぁ?俺がかぁ?」
「いいじゃないですか、この際、『お姫様抱っこ』でもしてあげれば」
「おおっ!それいいかも!」
「そんな真似しやがったら、ぶっ殺す」
目を輝かせてこちらを見てくる悟浄の視線を、三蔵は絶対零度の眼差しで跳ね返した。

「いいじゃん、きっと似合‥‥うおっ!」
とりあえず悟浄には銃弾を撃ち込んでおいて、三蔵は悟空に向き直る。

「てめぇで歩く!おい悟空、肩貸せ」
「え〜。何で俺かなぁ」
「死にたいか?」
「わーったよぉ」

ぶちぶちと文句を言いながら、それでも悟空は三蔵に肩を貸して歩き出す。八戒と悟浄は、その姿に、顔を見合わせ思わず苦笑した。
 

 

数歩歩いたところで、不意に三蔵は悟浄を振り返った。
「おい」
「ん?」
「貴様には、言いたい事が山ほどある。後で、ツラ貸せ」
「ああ、後でな」

ヒラヒラと手を振る悟浄に舌打ちすると、再び三蔵は悟空と共に外へと向かった。
そんな二人の姿を見送りながら、悟浄は煙草を取り出す。
だが、ライターが無い。そういえば宿の部屋で、三蔵が妖怪の正体を暴くために使ったのだ。

「はい、どうぞ」

火を灯して差し出されたそれは、自分のライター。八戒が拾ってくれていたらしい。僅かに目を伏せ謝意を示すと、悟浄は黙って銜えた煙草に火をつけた。

「お疲れ様でしたね、悟浄」
「さんきゅ」

ライターを受け取り、ポケットにしまう。

おかえり。悟浄は心の中で呟いた。

このライターと共に、ようやく三蔵も無事に取り戻せたのだと実感する。
後で、三蔵に何を言われるのか―――黙って妖怪に身を任せようとした事か、それとも毒かもしれない薬を口にした事か―――は不明だが、大した問題ではない。
三蔵を失わなかったという安堵感が、悟浄の心に溢れていた。
 

 

遠くから、三蔵の怒号と悟空がそれに反論する声が響いてくる。

「さっさと来い!置いてくぞ!」
ついでのように呼ばれて、悟浄と八戒は再び苦笑した。 

「呼ばれてますよ、悟浄」
「お前もだろ」
「貴方を呼んだんですって」
「しつけーぞ、お前」

 

笑いながら、歩き出す。

あいつの元へ。
 

 

 「Don't cry」完

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