在るべき処へ(5)
案内されるままに、街の中心部にある大きな建物に入る。多くのチンピラと思しき男たちが遠巻きに悟浄を眺めていた。どうやら、数に物を言わせて襲ってくるというわけではなさそうだ。 「ようこそ、『沙悟浄』君。是非お会いしたいと思っていたよ」 ボス、というから結構なジジイを連想していた悟浄だったが、そこに立っていたのはまだ40を過ぎていないだろう若い男だった。かなりのやり手、ということだ。 「話は聞いたよ。‥‥ウチの連中が、随分世話になったそうだね」 勧められたソファを断って、悟浄は部屋を見回した。他に誰かが潜んでいる気配は無い。 「まったくお恥ずかしい、連中の無礼は私が詫びよう。実は私も困っているんだよ、少々手を広げすぎてね、末端まで目が行き届かない」 今まで柔和な表情を浮かべていた男の顔が一変する。そして発せられたのは凄みのある低い声。一癖も二癖もある連中をまとめ上げる組織の「ボス」としての威圧感。 「世辞が聞きたかったら、手下と話せば?んで、一体何の用なワケ?明け方までに帰ってないとまずいんですけど、俺」 「ボス」の威圧感をものともせず、どこかのんびりとした口調で話す悟浄に毒気を抜かれたのか、男を包んでいた刺々しいまでの空気が急激に消えていく。代わりに男はくつくつと、喉を震わせて笑った。 「成る程、面白い男だな、君は。‥‥益々気に入った。どうだ、うちに来ないか?」 「は?」 「この街に残って、うちの組織に入らないか、と言っているんだよ。賭けの腕、駆け引きの上手さ、度胸、腕っ節。相当な場数を踏んで無ければ身につかない見事なものだ。是非うちでその腕を生かしてもらいたい」 突然の申し出に、初めはぽかんとしていた悟浄だが、どうやら本気で勧誘されているらしいと察すると、慌ててぶんぶんと手を振った。 「買いかぶりだね。俺はそんなにご大層なもんじゃねーよ」 「せっかくのお申し出だけど、俺は」 悟浄の断り文句を遮って発せられた特定の人物の名前に、悟浄の顔から表情が消えた。
近付いてきた「ボス」が悟浄の髪をかき上げるように首筋に触れる。そこに何があるのかは、聞かなくても分かる。さっき刻まれたばかりの、三蔵の所有印。 その目からは何の感情も捉えることは出来ない。 欲しい、と思った。手に入れたい、目の前の男を。この美しい紅い瞳を。この気高い野生の獣を飼い馴らしてみたい。自分の手元で。 「このまま、お坊さんの気まぐれな性欲処理に付き合って、自分を捨てるつもりかね?そんな関係など、いつまでも続くものではないよ。何なら、その未練の原因を断ち切って――」 言葉を続ける事は出来なかった。今まで動かなかった悟浄が、自分に伸ばされていた男の腕を取り、ものすごい力で掴み上げたのだ。 「てめぇ‥‥もし三蔵に妙な手出しをしやがったら」 「‥‥まさか‥‥彼の法衣を汚したくらいで君に半殺しにされるんだ。私はそんなに馬鹿な男ではないよ‥‥そろそろ、離してくれないか、骨が砕けそうだ」 夕べ三蔵に抱かれた時の、妙に高揚した気分が蘇る。多分、「ボス」の言っている事は間違ってはいない。 俺の、在るべき処。
「俺は―――」
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どんどん悟浄さんの格好よさが曖昧に……。
歯止めが利かなくなってきたので、次で終わらせます。ごめんね、悟浄さん。