在るべき処へ(4)

悟浄が宿に戻った時には、既に夜中だった。もう寝てるかな、と思ったが三蔵はしっかり起きていた。昼間の不機嫌に拍車がかかっている。

「いちいち待ち構えて怒んなよ。ちょーっと、遊んできただけじゃない」
「貴様のちょっとは信用出来ねぇんだよ。前にも『ちょっと出てくる』とか言いやがって、戻ってきたときには妖怪の大群を引き連れてやがったじゃねぇか。殺られるなら一人で殺られとけ。二度と俺たちを妙な事に巻き込んだら、速攻殺す」

「へーへー、分かってますって。ま、起きてたんなら丁度イイや。お説教はいいから、はい、コレ」

悟浄は持っていた紙袋を三蔵に差し出した。受け取った三蔵が開けてみると、服が入っている。

「どうしたんだ、こんなもの」
「ちょっと、カードで勝ったから、お土産。着てみてよ」
「店なんか開いてる時間じゃねぇだろうが」
「ま、そこはいろいろと。細かいことはいいじゃないの。それよか、試着、試着v」

悟浄の言う「いろいろ」を問い詰めたいという気が起きないでもなかったが、無理矢理バスルームに押し込められ、機会を失った。
どのみち、悟浄が話すつもりがない事を聞き出そうとしても時間の無駄だ。絶対に話さない。
(何だってんだ、ったく)
大きくため息をつきつつ、それでも袋から服を取り出した。
 

 

 

バスルームからでてきた三蔵を、ベッドに腰掛けた悟浄は嬉しそうに迎えた。

「おおっ!やっぱ似合うじゃん。さすが俺様。センス抜群ね」
何がそんなに嬉しいのか、手を叩かんばかりに喜ぶ悟浄を、三蔵は呆れた様に眺めている。そんな事はお構い無しに、悟浄はうんうんと頷きながら話を止めない。

「本当はオーダーにしたかったんだけど、流石に時間がねーもんな。けど、サイズは外してねーだろ?」

確かにそれは三蔵にぴったりだった。動きやすさ、着心地共に申し分ない。
 

 

――――あれから、悟浄はあの男に案内させて、この街一番の高級品を扱う洋服店を訪ねていた。無論、普通の店が開いているような時間では無かったが、男の顔で、無理矢理開けさせた。
三蔵の法衣を汚したのだ。責任持って着替えの調達に付き合っていただこう、という訳だ。

選んだのは、黒皮の細身のパンツと、薄紫のシャツ。一見すると白いように見えるが、光線の具合で薄く色を放つ。彼の瞳の色を髣髴とさせる上品な色合いのそれは、とても彼に似合うだろうと思って、決めた。
 

(ま、大体何でも似合う奴だけどさv)
悟浄は満面の笑みを浮かべたまま、三蔵の姿を飽きることなく眺めていた。
 

 

 

「‥‥‥‥」
しばらくの間、三蔵は黙ったまま悟浄を見返していた。が、急に近付くと、後頭部に手を廻して上を向かせた。そのまま乱暴に口付ける。
舌でこじ開けるように悟浄の口を開かせ、口内に舌を差し入れる。最初は驚いたのか三蔵にされるがままの悟浄だったが、すぐに三蔵の舌の動きに応えはじめる。
三蔵の舌が、まるで生き物のように蠢き、悟浄の舌を絡めとる。歯列をなぞり、舌裏を舐り、もう三蔵の舌が触れていない所は無いというほどに、思うままに貪り尽くす。
悟浄の喉元を、飲み下せなかった唾液が伝い流れ、それをすくい上げるように下からなぞって舐め上げれば、悟浄がため息とも喘ぎともつかない吐息を漏らした。
三蔵はそれすら逃さぬように、さらに唇を塞ぎ、口内を支配する。

明らかに、その後の行為を前提とした口付け。

吐息ごと舌を絡ませたまま、ベッドに倒れこむ。長い口付けからようやく解放されると、荒い息の中、悟浄が問い掛けた。

「あ‥‥どした?何で急に‥‥欲情してんの?」
「よく言うだろうが‥‥『服を贈るのは、それを脱がせたいから』ってな」
「そんな事、何処で覚えんの‥‥?ついでに言うと、立場が逆だと思うんですけど‥‥」
「『細かいことは、気にするな』と誰かが言ってたな」
「‥‥あー、ま、いいですけどね‥‥じゃ、リクエストにお応えして、脱がせて差し上げるとしますかv」

悟浄は三蔵のシャツのボタンに手を掛けた。

一つ外しては、その場所に唇を寄せ、舐めてはきつく吸い上げる。三蔵の体の中心に沿って、まるでボタンのように、赤い跡が残っていく。
焦らす様にゆっくりと三蔵の体を舐めながら、時折上目遣いに見上げてくる悟浄の姿に、三蔵はごくりと喉を鳴らした。

「どうした‥‥今日はやけにノってるじゃねぇか」
「あら、失礼ね。いつもノリノリでサービスしてるっしょ?」

そう答えながらも、悟浄は自分でも不思議なほどの気分の高揚を感じていた。
思い出すのは、今日の賭博場での連中との勝負。
ああいう雰囲気に身を置いたのは、随分と久し振りだ。
以前は、頻繁に味わった、あの感覚。ヤバい店の用心棒も引き受け、殺し合いの仲裁なんて仕事までやっていた頃の自分。
ギリギリの駆け引きと、緊張感。
久し振りの裏の世界の匂いに興奮している自分を自覚する。

(性にあってんのかねぇ)

「おい」
既に体勢を変え、下のほうを脱がせて三蔵自身を愛撫していた悟浄だったが、ぐい、と髪を引かれ、思わず抗議の声を上げた。

「痛てて、何だよ、もう」
「ちんたらやってんじゃねぇよ」

声に怒気が篭っている。どうやら、他の事を考えていたのがバレたらしい。悟浄は悪びれることなく、挑戦的な笑みを浮かべた。

「今日の俺、本気にさせて後悔しても知らねぇぜ?」
「それはこっちの科白だ。他の事なんざ考えられねぇようにしてやるよ‥‥来い」

悟浄の挑戦を真っ向から受け止めるように、三蔵もまた口元に笑みをのぼらせた。
 

 

 

ふとした気配に、悟浄は目を覚ました。隣には、自分を抱えるようにして眠っている三蔵がいる。起こさないように腕を外し、慎重に体を離すと、手早く衣服を身に着けた。音を立てないように、部屋を出る。

宿から少し離れると、先程店で最後に対戦した男が、目の前に立ち塞がった。

「お兄さん、一人?さっきは賢い選択したと思ったけど‥‥リベンジなんて、結構根性あるじゃん。ま、ちょっと無謀だケドさ。今度は俺、遠慮しねぇぜ?」

少し体を斜めにして、戦闘体制に入ろうとする悟浄を、その男は慌てて止めた。

「ち、違う!アンタとやりあう気は、もう無ぇ!ボスがお呼びなんだ、一緒に来てくれ!」
「ボスぅ?」

手下をやられた事が腹に据えかねて、ボス自ら仕返ししようとでもいうのだろうか。三蔵の、『妙なトラブルに巻き込むな』という科白がリフレインする。ここは、自分だけでカタをつけるしかないだろう。
もっとも、どんな状況であれ、他の連中を頼るつもりは無いのだが。

悟浄はやれやれと、ため息をついた。
 

 

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