在るべき処へ(3)
足を組み、口元に不敵な笑みを浮かべ、真っ直ぐにこちらを見つめている紅い髪の男。だが、その目は全く笑ってはいなかった。怒りさえ含んだ、その瞳。決して、狙った獲物を逃さないであろう鋭い眼差し。 意図的に、自分にだけ「見せている」。 ぞくり、と背中に何かが走る。恐怖か、いや、それに似た恍惚か。悪魔に魅入られるってのは、こんな感じなのか。
そして男は理解した。この目の前の男は最初から、こういうつもりだったのだと。
向こうのテーブルではわざと弱いフリをしていたのだ。自分たちに勝負を受けさせるために。そして、自分たちに恥をかかせるために。 この男は、自分のイカサマを見抜いている。摩り替えたカードを、自分がまだ隠し持っていることも知っている。なのに、それを追求することもせず、勝負を続けている。
怖い、と思った。
いつの間にか、この店の雰囲気を乗っ取って、空気を作り変えた男。 それは、既に確信だった。
カードを持つ手が震えてくる。
駄目だ、勝てない。格が違う。
男は力なく手にしていたカードを卓上に落とした。 「いやー、良かった!降りてくれて!俺、ブタだったんだもーん」 先程と同一人物とは思えない、おちゃらけた物言いと雰囲気。 「てめぇ!騙しやがったな?!」 「アラ?そちらが勝手に勝負を降りたんでしょーが。最終的に金持ってる方が勝ちってのがルールでしょ?さーて、皆さん一巡したね?じゃ、俺の勝ちって事でいい?」 四方から悟浄に襲い掛かる男たち。この状況を楽しむかのように、口の端に笑みを浮かべる悟浄の姿を、テーブルについたまま動けない男はただ呆然と眺めていた。
ものの5分もしないうちに、男たちは床とお友達になるハメになった。うめきながら床を転がる男たちを他所に、かすり傷一つ負うことなく、悟浄は涼しい顔で立っている。 「素人みたいな言いがかりは野暮ってもんだぜ?さて、じゃ、お願い聞いて貰っちゃおーかな」 明るく言い放つと、倒れている男の一人を蹴飛ばして仰向けにした。腹に足を乗せ力を込める。 「ぐ‥‥うう」 先程とはうって変わった、低い声。何の感情も込められていないかのように、それは酷く冷たく響いた。 「てめぇ‥‥あいつの‥仲間‥‥か‥」 さらに足に力を入れる。男は再びうめき声をあげた。 倒れた男たちから巻き上げた金の半分をカウンターに放り投げると、壁にもたれ座り込んでいる男に近付いて腰を落とした。最後に勝負したその男は、完全に戦意を喪失したのか乱闘には加わっていなかった。恐らく、仲間からは後で手痛い仕打ちを受けるだろうが、それは悟浄の預かり知らぬ事だ。 「ひとつだけ‥‥聞いても‥‥いいか?」 「ん?」
「アンタはそんなに馬鹿じゃない。――違う?」
一瞬、先程と同じ鋭い光を宿した瞳。それを誤魔化すように片目を瞑った紅い髪の男に、男は、自分の選択が正しかった事を改めて確信した。
|
賭場での出来事でした。イカサマで勝たせなかったのは、
そんな事しなくても悟浄さんは勝てるということを表したかったのですが……。
欲しいです、文才が……(泣)。
さて、次回はいよいよ三蔵様の登場です。ちゃんと、絡むんだろーか、このままで……。