在るべき処へ(2)

対する男たちは全部で五人。
最初の一人、二人は、負けても尚、余裕で悟浄に絡んでいた。淫猥な言葉を投げつけ、舐めるように全身を見やり、テーブル下で足を擦り付けてきた。
「俺、今夜ツイてるかも〜v」
軽口を叩きながら、自分の勝利を喜んでいる姿は、ヘタをしたら初心者か?と思わせるほどの無邪気なものだ。男たちがふざけて伸ばす手を振り払う仕草も見られない。
 

―――本当は、遠回しに誘ってんじゃねぇのか?
 好色な男たちの身勝手な想像は、膨らむ一方だった。

 

 

 

だが、悟浄が三人目を破った時、男たちの表情に変化が現れた。

―――おかしい、コイツがそんなに強いはずは無ぇ
 

 

現に、そんなに強い札を引き当てているわけではないのだ。ただ、自分たちより少し強い手札をたまたま手にしているだけで。
 

だが、事実、いつの間にか勝っているのは悟浄だった。男たちの内心の動揺に気付いているのかいないのか、相変わらず自分のツキを嬉しげに喜んでいる。
 

そして、また一人―――四人目が負けた時点で、その場の空気は一変した。
 

五人いれば、多少相手の腕が立ったところで全員負けることなどありえない、そう思っていた男たちは焦った。
この勝負に負けると、かなりな金額を吸い取られることになる。いや、金よりも、自分たちの面目は丸つぶれだ。こんな何処の馬の骨とも知れない男に舐められたとあっては、もうこの界隈では大きな顔が出来なくなる。
自分たちが負けるごとに、店内の空気が高揚していくのを感じていた。自分たちに向けられる嘲笑の目。バックにそれなりの組織がついている自分たちに逆らう者など誰もいない。それをいい事に、今までこの店を含め、ここら一帯で自分たちは好き放題に振舞っていた。
この店に居る連中は、全員、自分たちが負けることを望んでいる。おまけに女性客は皆、この男に秋波を送っていた。

このまま勝負を続けて負けてしまえば、自分たちはいい笑い者だ。
 

―――仕方ねぇ、やるか。
 

最後に残された男はゆっくりと席についた。
カードを改めるフリをして、摩り替える。これで、どうやっても目の前の男が勝つことはあり得ない。

イカサマだろうが何だろうが、最後に金を手にしたものが勝者なのだ。

カードを配り終え、それぞれ自分の手札を確認する。ふっ、と眉を寄せた悟浄の表情に、男は内心ほくそえんだ。すると、何を思ったのか、悟浄はそのカードを一度重ねると、トントン、とそろえ、再び広げた。何度か、閉じる、開くを繰り返す。
明らかに不自然な、その動作。

「‥‥?」

何をしてるんだ?と尋ねるより早く、悟浄が口を開いた。

「あ、俺カードの交換はしなくていいや、それと‥‥レイズ」
手元の紙幣を、ぽんとテーブルの中央に放る。男たちに動揺が走った。

(掛け金を上げるだと‥‥?カードも交換せずに、一体何を考えてるんだ?)
目の前の男が内心パニックを起こしているのを気付いているのかいないのか、悟浄はのんびりと煙草に火をつけようとしたが。

「あ、ちょっと待って」
ごそごそとポケットから財布を取り出し、無造作にテーブルに放り投げる。

「これも、アップして」
にっこりと、悟浄は笑った。
 

 

(どういうことだ?ちゃんと仕掛けたんじゃないのか?)
(そんな馬鹿な!奴の手札は最悪のはずだ!)

ざわめく店内、テーブルについた男の顔は蒼白だった。悟浄は煙草に火をつけ、ゆっくりと煙を吐き出した。余裕の、仕草。

(ハッタリだ!ハッタリに決まってる!)
男は意を決すると、カードを開けようとした、その時。
 

「イカサマってさあ」
 

今まで煙草を吸っていた悟浄が、突然口を開いた。
 

「バレないよーにやるもんだよねぇ?」
 

 

ざわめいていた店内が、静まり返る。
 

 

悟浄は煙草を指に取り、そのまま片肘を立てて頬杖をついた。流れるような動作に、つい、それを目で追ってしまう。一つ一つの動きから、目が離せない。目を逸らしたいはずなのに。
す、と細められた瞳に見据えられ、男は身動きが取れなくなった。
必死で、声を絞り出す。

「な、何が言いたい?俺たちが、イ‥カサマを、やっている、とでも‥‥?」

端から見れば、不自然極まりない口調だったが、誰もそれを咎めるものはいなかった。
全員、固唾を飲んで成り行きを見守っている。

「いんや?そんなこと言ってませんって‥‥そだね、言い方変えようか」
椅子にもたれ、足を組む。その何気ない仕草にまで思わず目を奪われた。
 

「イカサマってさ、相手にバレなきゃイカサマじゃねーよなぁ?」
 

 

 

「な‥‥?」
男は完全に混乱していた。バレなければイカサマじゃない?
 

確かにイカサマというものは、具体的な証拠があって初めて糾弾できるシロモノだ。相手がイカサマを仕掛けられたという事実に気付かなければ、そのイカサマは存在しなかったことになる。
よしんば気付いたとしても、どんなイカサマか見抜けなかったり証拠がない場合は、それはただの「言いがかり」として済まされてしまう。
 

「何か仕掛けやがったな‥‥てめぇ」
「いいえ、何にもv」

軽い口調で返される。だが、何か仕掛けたと言わんばかりの先程の科白。それを見抜いてみろと挑発しているのか?

―――ナメやがって

そう言えば、さっきカードを配った時、不自然に揃えなおしていた‥‥あの時!だが、一体何をされたのか分からない以上、追求することは出来ない。それでも、この男の自信たっぷりな態度からすると、何か細工をされたのには違いない。
 

何とかソレを見抜いてやろうと、顔を上げて目の前の紅い髪の男を見た。
 

そして――――今度こそ、本当に動けなくなった。
 

その、射抜くような眼差しに。
 

 

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