在るべき処へ

そこは、とある街の賭博場。
薄暗い明かりと、安酒の匂いがあたり一面に充満している。
そんな店の中、若い男たちが数人でテーブルを囲み、カードに興じていた。

「今日はついてねーぜ、ったくよぉ」
「よく言うぜ。お前がついてた事なんてあんのかよ」

咄嗟に返される軽口に、周囲がどっと沸く。男は忌々しげに舌打ちをした。

「今日はそもそも、あの旅の坊主に会った時から調子が狂っちまったんだよ。あの野郎、今度会ったらただじゃおかねえ」
「けどよお、勿体ねえよな。あんなキレイな顔して坊主だなんてよ。そこらの女なんて目じゃねぇ。ここら辺りじゃちょっとお目にかかれねぇ上玉だったぜ?」
「お高くとまりやがって‥‥。どうだ?ここいらで俺らに刃向えばどうなるか、いっちょ教えてやりに行かねえか?宿なんざ、調べんのはへでもねえ。今度は銃を取り出す前に押さえつけてやる」
「いいかもな。俺たちの味、教えてやろうぜ。仕込んで高く売ってもいいしな‥‥へへ」

下卑た笑い声を立てる男たちの頭上から、突然声が降って来た。
 

「楽しそうな話してるじゃない。俺も混ぜてよ?」
 

男たちが一斉に見上げると――――そこには、紅い髪の男が立っていた。
 

 

 

「なんだ、てめぇは」
「いや、面白そうな話が聞こえてきたもんだから、ついね」
「あっちへ行きやがれ。他所者には関係ねぇ」

つれないねぇ、お兄さんたち。と、その男は別に気にした風でもなく、それでもその場を去る事もせず、言葉を続けた。

「じゃあこうしようか。俺と一人ずつ勝負して、俺が全員に勝ったら俺のお願いを聞いて貰う。そっちの誰か一人でも勝ったら、俺が言うこと聞くってのは、どう?勿論、掛け金とは別に」

男たちは顔を見合わせ、それからこの突然目の前に現れた男を値踏みするように見上げた。
黒いシャツに黒いパンツ。黒ずくめの細い長身に紅い髪が映えて、何ともいえない雰囲気を醸し出していた。女性的ではないが端正な顔立ち。長い前髪から覗く切れ長の紅い瞳も、薄暗い部屋の中にあって、くすむことなく光を放っている。
 
バランスの取れた、不思議な色気。
 

――――悪くねぇ。
 

「おい、兄ちゃん―――言うこと聞くって、何でもか?」

一人の男が、今にも舌なめずりしそうな風体で聞く。
金も手に入って、うまくいけば目の前の男も好きに出来る。
 

「勿論、何でも。俺が負ければね」
その男―――悟浄は、妖艶に微笑んだ。
 

 

それは、この街に到着したばかりの、昼間のこと。
珍しく自分で煙草を買いに出かけた三蔵が、なかなか戻ってこなかった。この街には元々妖怪が多く住んでいたというわけでもなく、妖怪たちの異変の影響を強く受けたということも無いらしい。妖怪に、無防備な街。おまけに決して治安がいいとはいえない雰囲気だ。
まさか三蔵が、そこら辺のゴロツキに遅れをとるとは考えられないが、もし一人でいるところを妖怪にでも襲われていたら―――。
三人が、三蔵を探しに行くために外へ飛び出そうとした時。

三蔵は、帰ってきた。

法衣が泥で汚れていた。何があったかは、誰が聞いても教えてはくれなかった。ただ、最高に不機嫌だっただけだ。
 

―――成る程、こいつらに絡まれたわけね。
 

大体の予想はついていた。あれだけ目立つ三蔵のことだ、そういう対象としてこの男たちに声を掛けられたのだろう。おまけに法衣まで汚されたところをみると、かなりご立腹状態だったのも頷ける。

こいつ等よく生きてたよな、と悟浄はぼんやりと感心していた。

「おい、兄ちゃん。何ボーッとしてるんだ?やっぱり自信がないってんなら、もうギブしたっていいんだぜ?そっちだって、お楽しみは早い方がいいだろ?」

そう言うとまた周りから下品な笑い声があがる。
男たちは、悟浄をナメきっていた。先程まで悟浄がついていたテーブルにも、やはり自分たちの仲間がいる。この賭けが始まる前に、そこから『大した腕じゃない』という合図が送られてきていた。

楽勝だ、と男たちは思った。
全員がこの紅い髪の男の体をどう蹂躙するかを考えていた。
 

 

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