Pandora(2)
一見ガラの悪い、派手な色の髪をした目つきの悪い青年と、一見好々爺と見えなくもない高位の僧侶が、二人並んで仲良く縁側で煙草を吸っている。 どうしてこんなことになってしまったのか、悟浄には未だに理解できていない。 「なあ、アンタは平気なの?俺‥‥ら、みてぇのが、尊い三蔵法師様のお側にいてさ」 そんな問いが、口をついていた。 「『俺ら』、ですか‥‥」 悟浄の心臓がどきりと跳ねた。 「――――貴方様は、本当は何を気にされていらっしゃるのですかな?」 思わず目を瞠った。 「ご自分が人間ではないこと?三蔵殿が最高僧であること?」 紡がれる言葉を、遮る術を知らない。聞かない方が、言わせない方がいいと、悟浄の本能は告げていたが、指先ひとつ動かすことは出来なかった。 「それとも‥‥‥」 老僧は、ほんの一瞬だけ言い淀んだ。躊躇いだったのかもしれなかった。 「三蔵殿と同性であること、でしょうかな?」 その時大きく風が吹いて、薄紅色の花びらが二人の周りを静かに舞った。
「‥‥‥なんで‥‥?」 その声音からは侮蔑も嫌悪も、まして敵意など、微塵も感じられなかった。悟浄は顔を上げて隣を見た。前を向いたままの老僧の横顔からは、やはり何の感情も読み取れなかった。 「何か言いてぇんなら、聞くけど」 だから言わないだけで、内心は物言いたくて仕方がない、という意味にも取れる。それを寂しく思う自分に悟浄は驚いていた。 「お客人は、坊主がお好きではないご様子ですな」 突然、矛先の変わった質問に、悟浄は戸惑った。とりあえず、老僧の言葉そのままに、浮かんだ通りを口にする。 「知んねーけど‥‥。とりあえず禁欲して精神を鍛えるとか、んなんじゃねーの?」 悟浄の返答に満足したのか、老僧はうんうんと頷いた。果たしてその答えが正解なのかどうか不明だったが、それはまるで出来の悪い生徒を温かく見守る教師のような反応で、悟浄は首筋に何ともいえないムズ痒さを感じた。 「拙僧の勝手な解釈ですが‥‥、要は、何が正と働き何が負となるか、という話ではございませんかの。三蔵殿から貴方様を取り上げて、あのお方が悟りの境地に達せられるというならば、それも宜しかろうが‥‥」 「はあ?さとり?」 咄嗟に聞き返し、悟浄は首を捻った。勿論、その単語自体は知っている。だが。 おぼろげに浮かんできたイメージは何故か、微笑を浮かべて瞑目した三蔵が手を合わせ、勧められる煙草や酒に目もくれず『御仏のお心のままに』などとのたまっているものだった。 ――――似合わねぇ! 勝手な想像をしておいて、悟浄は堪えきれず噴出した。 「なあなあ、悟るとどうなんの?」 しれっと言い放つ老僧に、悟浄はもう笑いを抑えることが出来なかった。最初に感じていた老僧に対する警戒心など、既に吹き飛んでいた。けらけらと腹を抱えて笑い転げ、目尻の涙を拭う。笑い過ぎで呼吸が乱れる、腹筋が痛む。けれど楽しかった。気分が良かった。こんなに笑ったのは随分と久しぶりだった。 「んじゃ、ついでにもひとつ聞いてイイ?」 未だに声が笑いで震えている。 「俺が三蔵の側にいてもアンタが平気な顔してんのはさあ、」 悟浄はすっかり短くなってしまった煙草を踵で踏み消した。咎めるような視線は感じなかったが、吸殻は纏めて拾って上着のポケットに突っ込んだ。何となく、そうした方がいいと思ったからだ。 「どうせそのうち別れるだろうって高くくってるから?三蔵が最高僧の立場と俺のどっちを選ぶか、決まりきってると思ってるから?それとも――――」 敢えて先程の老僧の物言いを真似てみる。 「どうせ、そのうち死んじまうから?」 常に穏やかな笑みを湛えていた老僧の表情が、一瞬で強張った。
|