All or Nothing(5)

「何か言いたそうだな」

後ろ手にドアを閉めた途端、悟浄は三蔵に詰問された。
ここは三蔵の部屋。もう一度寝直そうと部屋まで戻った三蔵に、悟浄はついてきたのだ。ベッドに腰掛け煙草を燻らす三蔵を、悟浄は戸口の近くで立ったまま見つめている。

「お前なー。女の子にはもうちょっと優しくするもんだぜ?」
「事実を言ったまでだ」

やれやれ、と悟浄は肩を竦めながら、三蔵の側まで近付いてきた。

「ま、いいけど。時間が勿体無ぇから」
「?」
「二人きり、だろ?ゆーっくり楽しい事しようぜ?」

悟浄は意味深な笑みを浮かべると、三蔵の口から煙草を抜き取り、唇を押し付けてきた。

―――珍しい。まだ日も落ちていないうちから、こいつが誘ってくるなんて。

明るいうちの行為は、大抵が三蔵から仕掛けるものだ。この時間に悟浄から誘ってくる事は滅多に無い。
理由はハッキリしている。明るい中で顔を見られるのが嫌なのだ。
だから時々三蔵は、ワザと昼間から強引に仕掛ける時がある。勿論、悟浄の顔を観察するためだが、あられもない悟浄の痴態を目の当たりにしてすぐに理性が飛んでしまうので、実際のところじっくり観察、という訳でもないのが実情である。

「どうした?珍しいじゃねぇか」

努めて平静に、悟浄からの口付けを受け止めながら、三蔵は尋ねた。

「――お前、彼女の事、気に入っただろ」
「ぁあ?」

唇を三蔵の頬に滑らせながら、悟浄は小さな声で呟いた。思わず、三蔵は問い返す。発言は聞こえたが、その意味が分からなかったからだ。

「だから、さっきの彼女―――麗華ちゃんだっけ。気に入ったんだろ?」
「沸いてんのか。何でそうなる」

あまりにも予想外の発言に、三蔵の疑問は深まるばかりだ。

「‥‥確かによ、俺もどうかと思うぜ?ここの親父が言った事はよ。けどさ、だったら親父に言い返せばいいじゃん。わざわざ何も言ってない彼女に忠告したってのは、結構気があるって証拠なんじゃねぇ?お前、気にならない奴は無視するもんな」

三蔵から、僅かに視線を外す恰好で、悟浄は言葉を続ける。

「大体、フツーならぜってぇ起き出しても来ないくせによ。彼女が美人だったから、気になったんだろ?」

最後の方は、心なしか少し掠れて。
完全に横を向いていた悟浄だったが、やがてぱっと顔を三蔵に向けると、ニカッと笑った。

「ワリ、俺疲れて頭どうかしてんだわ。やっぱ、おとなしく寝るから。オヤスミ」

早口で三蔵にそう告げると、悟浄は片膝だけ乗り上げていたベッドから降りようとした。なおざりに浮かべた笑みが、却って悟浄の内心の動揺を表している。
だが、三蔵は悟浄の腕を掴み、自分から離れる事を許さなかった。

 

 

「‥‥それで、妬いてんのか?」
「ばっ‥‥!馬鹿言ってんじゃねぇぞ、何で俺が!」
「妬いてんだろ?」
「‥‥‥」

俯いて、視線を合わせない悟浄の表情は、髪に隠れて伺えない。だが、自己嫌悪に歪んでいる事は容易に想像できた。三蔵は、悟浄の腕を掴む力を、僅かに強める。心なしか、悟浄の体が強張った。

だが、もう勘弁してやるつもりは無い。そろそろ、こいつも気付いていい頃だ。

「悟浄」

三蔵の低く響く声に促され、悟浄は観念したように短く唸った。

「あーもう!妬いてるよっ!これでいいんだろ、これで!畜生、楽しいかよ、俺の事馬鹿だと思ってるんだろ。呆れてんだろ!」

半ばヤケも混ざっているのか、悟浄は一気にまくし立てる。余程悔しいのか、赤い顔を隠すように再び俯く悟浄の髪が、大きく波打った。

 

ああ、馬鹿だと思ってるさ。三蔵は心の中で呟いた。
 

だが、それは多分、こいつが言う種類のものとは少し違う。
俺が今、どんなに喜びを感じているかなんて、きっとこいつには分からない。部類としては、子供のそれのような、ほんのささやかな「ヤキモチ」でしかない。だが、今までのこいつを考えれば格段の進歩だ。
今まで、嫉妬心を抱く事自体を嫌悪し、自分の心から排除してきたこいつ。
自分が誰かを独占したいと望む事すら許されない事だと、幼い頃に教え込まれたそのままに。
だが、『そんな事はない』と説明したところで、十中八九伝わらない。こいつに何かを理解させようと思ったら、必要なのは言葉ではないのだ。

 

三蔵は腕に力を入れ、悟浄を引き寄せつつベッドに倒れこんだ。そのまま、覆いかぶさり口付ける。初めは縮こまっていた悟浄の舌も、やがておずおずと三蔵の舌を追うように蠢き始めた。

「なぁ――怒ってねぇの?」

長い口付けの合間、悟浄が熱に浮かされた様子で言葉を紡ぐ。答えを返す前に、もう一度その唇を塞いで思う存分味わってから、三蔵は言葉を返した。

「怒ってるように見えるのか?」
「いや‥‥どっちかっつーと、お前、喜んでる‥‥かな?」

上出来だ。ちゃんと伝わってるじゃねぇか。

「前にもあったよな、こういうの‥‥。あん時もお前何だか嬉しそうだった‥‥」

馬鹿が。お前に妬かれて、嬉しくないとでも?

「いいのかな、俺‥‥」

どこかとろんとした表情で、悟浄が呟く。頭がうまく回っていないのか、口調がやや幼い。

「いいに決まってんだろ」

誰かの心を占有したいと思うのは、不自然な事ではないのだ。かく言う三蔵自身も、悟浄と出会わなければ理解する事は無かったであろう、その感情。
三蔵は、口付けを悟浄の顔中に落としながら考えた。

こいつの事だ、後で冷静になった時に自分の発言を後悔するに違いない。だが、例え一瞬でも悟浄の心に違う風が吹いた事を、今はよしとしよう。これからその回数を徐々に増やし、少しずつでも自然に思えていけばいい。

とりあえず、今は、その感情を少しでも長く。

感じる熱を分け与えるため、三蔵は悟浄の着衣を取り払うべく、性急に手を進めた。
 

 

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悟浄さんが言っている「前にもあったこと」というのは、
「Imprinting」という話の中の事です。悟浄さんの嫉妬にやはり三蔵様が喜んでます。
かなり前からこの話を考えていたことが分かるなぁ///

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