All or Nothing(5)
「何か言いたそうだな」 後ろ手にドアを閉めた途端、悟浄は三蔵に詰問された。 「お前なー。女の子にはもうちょっと優しくするもんだぜ?」 やれやれ、と悟浄は肩を竦めながら、三蔵の側まで近付いてきた。 「ま、いいけど。時間が勿体無ぇから」 悟浄は意味深な笑みを浮かべると、三蔵の口から煙草を抜き取り、唇を押し付けてきた。 ―――珍しい。まだ日も落ちていないうちから、こいつが誘ってくるなんて。 明るいうちの行為は、大抵が三蔵から仕掛けるものだ。この時間に悟浄から誘ってくる事は滅多に無い。 「どうした?珍しいじゃねぇか」 努めて平静に、悟浄からの口付けを受け止めながら、三蔵は尋ねた。 「――お前、彼女の事、気に入っただろ」 唇を三蔵の頬に滑らせながら、悟浄は小さな声で呟いた。思わず、三蔵は問い返す。発言は聞こえたが、その意味が分からなかったからだ。 「だから、さっきの彼女―――麗華ちゃんだっけ。気に入ったんだろ?」 あまりにも予想外の発言に、三蔵の疑問は深まるばかりだ。 「‥‥確かによ、俺もどうかと思うぜ?ここの親父が言った事はよ。けどさ、だったら親父に言い返せばいいじゃん。わざわざ何も言ってない彼女に忠告したってのは、結構気があるって証拠なんじゃねぇ?お前、気にならない奴は無視するもんな」 三蔵から、僅かに視線を外す恰好で、悟浄は言葉を続ける。 「大体、フツーならぜってぇ起き出しても来ないくせによ。彼女が美人だったから、気になったんだろ?」 最後の方は、心なしか少し掠れて。 「ワリ、俺疲れて頭どうかしてんだわ。やっぱ、おとなしく寝るから。オヤスミ」 早口で三蔵にそう告げると、悟浄は片膝だけ乗り上げていたベッドから降りようとした。なおざりに浮かべた笑みが、却って悟浄の内心の動揺を表している。
「‥‥それで、妬いてんのか?」 俯いて、視線を合わせない悟浄の表情は、髪に隠れて伺えない。だが、自己嫌悪に歪んでいる事は容易に想像できた。三蔵は、悟浄の腕を掴む力を、僅かに強める。心なしか、悟浄の体が強張った。 だが、もう勘弁してやるつもりは無い。そろそろ、こいつも気付いていい頃だ。 「悟浄」 三蔵の低く響く声に促され、悟浄は観念したように短く唸った。 「あーもう!妬いてるよっ!これでいいんだろ、これで!畜生、楽しいかよ、俺の事馬鹿だと思ってるんだろ。呆れてんだろ!」 半ばヤケも混ざっているのか、悟浄は一気にまくし立てる。余程悔しいのか、赤い顔を隠すように再び俯く悟浄の髪が、大きく波打った。
ああ、馬鹿だと思ってるさ。三蔵は心の中で呟いた。 だが、それは多分、こいつが言う種類のものとは少し違う。
三蔵は腕に力を入れ、悟浄を引き寄せつつベッドに倒れこんだ。そのまま、覆いかぶさり口付ける。初めは縮こまっていた悟浄の舌も、やがておずおずと三蔵の舌を追うように蠢き始めた。 「なぁ――怒ってねぇの?」 長い口付けの合間、悟浄が熱に浮かされた様子で言葉を紡ぐ。答えを返す前に、もう一度その唇を塞いで思う存分味わってから、三蔵は言葉を返した。 「怒ってるように見えるのか?」 上出来だ。ちゃんと伝わってるじゃねぇか。 「前にもあったよな、こういうの‥‥。あん時もお前何だか嬉しそうだった‥‥」 馬鹿が。お前に妬かれて、嬉しくないとでも? 「いいのかな、俺‥‥」 どこかとろんとした表情で、悟浄が呟く。頭がうまく回っていないのか、口調がやや幼い。 「いいに決まってんだろ」 誰かの心を占有したいと思うのは、不自然な事ではないのだ。かく言う三蔵自身も、悟浄と出会わなければ理解する事は無かったであろう、その感情。 こいつの事だ、後で冷静になった時に自分の発言を後悔するに違いない。だが、例え一瞬でも悟浄の心に違う風が吹いた事を、今はよしとしよう。これからその回数を徐々に増やし、少しずつでも自然に思えていけばいい。 とりあえず、今は、その感情を少しでも長く。 感じる熱を分け与えるため、三蔵は悟浄の着衣を取り払うべく、性急に手を進めた。
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悟浄さんが言っている「前にもあったこと」というのは、
「Imprinting」という話の中の事です。悟浄さんの嫉妬にやはり三蔵様が喜んでます。
かなり前からこの話を考えていたことが分かるなぁ///