All or Nothing(4)

「あ、ありがとうございました」

結局、もう一人の男に詫びを入れさせて解放し、宿に再び静寂が戻ってきた頃には、三蔵と悟浄の眠気はどこかに行ってしまっていた。

宿の女性は、麗華と名乗った。長い黒髪と漆黒の瞳を持つ、美しい女性だ。歳は、二十歳ぐらいだろうか。

「お客様たちは、森を抜けてこられたんでしょう?よくご無事で‥‥。それはさぞお疲れでございましたでしょうに、申し訳ありませんでした。お休みの邪魔をしてしまって――」
「あの森は、一体何だ?」
「はい、この先の山に住む妖怪が仕掛けた罠なんです。なんでも『捻じ曲げる』という能力に長けている妖怪とかで‥‥‥。といっても、私達を襲ってどうこうという事は無いので、黙認しているんです。今は、私たちや旅人が困惑する姿を見て楽しんでいるだけですが、ヘタに口出しして、逆襲されても困るという事になって」

なるほど、空間を捻じ曲げて、あの『すごろく』を作ったわけだ。その妖力の大きさと能力の高さを考えれば、確かにここの住民が刺激したくないと思うのも無理はない。今はまだ『悪戯』レベルだが、何を機会にエスカレートするか分かったものではないからだ。

‥‥‥ガキの癇癪はやっかいだからな

以前、闘った人物を思い出し、三蔵は一人ごちた。

 

「で?さっきの男たちは何なの?」

三蔵と麗華の会話が一段楽したのを見計らって、悟浄が口を挟む。

「え、ええ‥‥。以前から、私に‥‥その」
「あーナルホド、言い寄られてたわけだ。メーワクだよねぇ、やっぱ口説かれるなら俺みたくイイ男の方が―――っと‥‥けど、なんか勝ち負けがどうとか聞こえたんだけど?」

麗華の肩に手を回さんばかりに擦り寄った悟浄だったが、隣から怒りのオーラが漂ってきたのを察知すると素早く身を離した。睡眠を邪魔された不機嫌坊主の怒りの火に油を注ぐ真似は、控えることにしたらしい。
一方、そんな二人の水面下の攻防には気付く筈もない麗華は、黙って下を向いたままだ。
余程答えにくい事を聞いたのだろうかと、三蔵と悟浄は思わず顔を見合わせる。

 

「妖怪退治に行ったんだよ」

 

「?」

「旦那さん!」

不意に割り込んできたのは中年の男の声。そちらを見やれば、箒を手にした50絡みの男がこちらを眺めている。麗華の言葉からすると、この宿の主人であるらしい。
男は黙ってこちらに近付くと、割れた灰皿やら花瓶やらの始末を始めた。慌てて麗華が手伝いに動く。

「――――麗華はご覧の通りの器量だ。言い寄る男たちもそりゃあ多いさ。そこで連中は考えたわけだ、誰が一番麗華に相応しいか、とね」
「それで、妖怪退治か?」

主人は三蔵の問いに、掃除を続けながら頷いた。

「放っておけばいいんだよ、別にとって食われるわけじゃないんだから。けど、麗華にいいところを見せようとしたんだろ。『このままではここを訪れる旅人が減って町が寂れるから、せめて森の仕掛けは外させる』とか何とか息巻いて出て行って―――四人の若者のうち、帰ってきたのは二人だけだった」

「殺されたのか」

再び主人は頷いたが、その表情は複雑なものだった。

「ちゃんと話し合いに応じたそうだよ、その妖怪は。東の森に仕掛けた妖術もすぐに解いてくれて――――。だが、その中の一人が馬鹿な真似をした。妖怪の隙をついて殺そうとしたんだな。その場で、返り討ちにあったそうだ」

「残りの一人は?」

「命からがら逃げ出したところで、妖怪の作った迷路に入り込まされてな。抜けられたのは、二人だけだったよ。妖怪も警戒したのか山全体に結界を張って誰も近付けんようにしてしまったしな。森にかけられた迷路みたいな術もいつの間にか戻されてたし――全く余計な事をしてくれたもんだ」

それが、先程の二人というわけだ。先程からの主人の苦々しげな口調と表情は、妖怪そのものにではなく、妖怪を退治しようとした男たちに向けられたものだったのだ。
それで、町中の笑いものになってりゃ世話ないよ、とぶつぶつと文句を言いながら、宿の主人は破片を片付け立ち去った。麗華も頭を下げ、後に続こうとした。が――――。

 

「それで?」
「え?」
「それで、あんたらは何をした?」

三蔵の問いかけに、麗華は振り向きながら足を止める。

「何って、あの‥‥」
「何もしなかった奴が、何かをしようとした連中のことをどうこう言えるのか?」

射抜くような三蔵の視線に怯えたように、麗華は胸の前で手を組んだ。

「少なくとも、連中は『この町のため』という理由で行動した。例えその動機があんたの気を引こうとした浅はかなものであっても、結果的に成功しなかったとしてもだ。それを愚かだと言い切れるのか?あの森のせいで旅人の足がこの町から遠のいているのは事実じゃねぇのか?」

あの森は確かに直接生命に関わる攻撃を仕掛けてくるというわけではない。サイコロである怪物も、人間の力でも倒せるほどの弱さに設定されている。
だが、森に足止めされるのには違いない。
三蔵たちで三日かかった森抜けが、普通の人間でそれより早いとは思えない。

もし、食料を持っていなかったら?もし、途中で怪我をしてしまったら?

現に、森には白骨化した人間の骨も無数に散らばっていたのだ。

「自分たちは知っているから森には近付かない、で済むんだろうが―――」
「三蔵」

悟浄がたしなめるような声を出す。だが三蔵はそれに構わず、言葉を続けた。

「実害が無いとはよく言えたもんだな」

麗華は、じっと俯いて、三蔵の言葉を聴いていた。
恥じ入った、表情だった。
 

 

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妖怪が近くにいる町の宿には綺麗なねーちゃんがいた。というだけの設定かもしれません…長いですけど;;
三蔵様、喋りすぎです。減点1。

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