All or Nothing(24)
「三蔵!貴方は来ないで!」 宿から飛び出した自分の姿を認めた八戒の制止に、三蔵は鋭い声を返した。 自分がされた事を倍にして返さなければ、とてもじゃないが気が済まない。記憶を失う前の自分でも、恐らくはそうする筈だと、三蔵は確信していた。 「三蔵にかけた術を解きなさい」 ほっほっ、と妖怪は笑った。 「しもうたの。もう用なしと思うて森の仕掛けは外したが‥‥‥ちと、早計じゃったかの」 悟空の如意棒がしなり、空気を薙ぐ。ひらり、と老妖怪は後ろに飛びずさった。間髪入れず、八戒の気孔が炸裂する。辛うじてかわしたと思えば、鼻先を三蔵の放った銃弾が掠めていく。 「―――くっ!」 避ければ、そこには次の攻撃が待ち構えている。三人の息のあった攻撃に、流石の老妖怪も息を乱し始めた。 「こわっぱどもがっ!」 三蔵めがけ手にした杖を振りかぶったところへ、側面からの気孔の光に押し飛ばされた。咄嗟に術を張ったため直接的な手傷は負わなかった様子だが、それでも起き上がる動作は鈍くなる。僅かな隙を逃さず、悟空が拳を叩き込んだ。 ヒュ! 唸りを上げた悟空の拳は、老妖怪の顔面横を掠り、大地を穿った。 「次は外さねぇから。三蔵の記憶、戻せよ」 老妖怪の胸倉を掴み上げ、睨みつける黄金色の瞳が、僅かの容赦もない怒気に溢れている。 「‥‥ならば、お主が代わるかの?」 ――ヤバ‥!
悟空の背筋に冷たいものが走った瞬間、一発の銃声が響き渡った――――。
銃を発射したのは、三蔵だった。 それ自体は、不思議な事ではない。三蔵は武器として銃を手にしているのだから。だが、問題はそこではなく。 その弾道は寸分の狂いも無く、先程まで妖怪の頭が存在していた場所を通過し、地面にめり込んで止まっていた。危ういところで難を逃れた老妖怪は、悟空から少し離れた位置で腰を抜かしている。三蔵の行動は老妖怪にも意外だったのだろう、流石に呆然とした面持ちで石のように固まったままだ。 術を解く前に妖怪を殺しては、元も子もなくなる。 「おい、三蔵!?」 浴びせられる問いに無言で答え、三蔵は銃を下ろさないまま妖怪に近付いた。 「とうとう血迷ったかの。ワシを殺せばお主の記憶は戻らんのだぞ?」 「「三蔵!?」」 三蔵の台詞に驚いたのは、妖怪ではなく八戒と悟空だった。 「舐めてんじゃねぇよ、記憶があろうがなかろうが、俺は俺だ。―――てめぇなんぞに頼らなくても、自力で取り戻してみせてやるよ。記憶も、あいつもな」 三蔵の横顔からは強い意思が感じ取れて、今の発言が虚勢や自棄ではない事が窺い知れる。いや、そんな事よりも。 悟空と八戒は思わず顔を見合わせた。 『あいつ』というのが誰を指しているかは、言わなくても分かるけれど。今の言い方からすれば、それはまるで―――。 「俺は、何も失わねぇ。そうだな?」 悟空の顔が、ぱっと輝いた。 「いい加減に観念したらどうです?大人しく三蔵の記憶を戻せば、貴方の身柄はしかるべき所に引き渡すと約束します。そうでないなら、もう一つの可能性を試させて頂くまでです」 しかるべき所とは、三仏神へ裁きを委ねるという意味合いだろう。仏道の不殺生という教義からして、命を奪われる心配は無い筈だ。 「どちらもごめんじゃな」 自分の命がかかっている事態を認識しているだろうに、何が可笑しいのか老妖怪は肩を震わせて笑っている。 「なら、俺が決めてやる。死んで後悔しろ」 やはり三蔵は躊躇わなかった。額に銃口を突きつけたままの状態で、無造作に引き金を引く。 だが、銃口が火を噴いた瞬間、老妖怪の姿は掻き消えた。 ―――逃げられた! 血が沸騰するほどの怒りが、三蔵を包む。 「‥‥‥!!クソジジイがっ‥‥‥‥!」 噛み締めた唇から滲む血に、屈辱を感じる。 「どうします?貴方が自力で記憶を取り戻すと仰るなら、無理にあの妖怪を追う必要もないとは思いますけど」 吐き捨てるような三蔵の台詞に、思わず八戒の口も滑らかになる。三蔵が悟浄を手放さないと知った今、怖いものなど何もない。妖怪への恨みは恨みとして無論倍返しとして、三蔵の精神的復活は素直に歓迎したい。 「‥‥‥悟浄の奴、来なかったな‥‥」 悟空の呟きを聞くまでは。
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あれ?三蔵様が妖怪退治できなかった…。駄目じゃん…(汗)。